このページの最終更新日 2016年5月18日
婚姻の効果として夫婦は一定の財産的規律に服する。夫婦の財産関係を規律する制度を夫婦財産制と呼ぶ。
夫婦財産制は、契約財産制と法定財産制の二つに分けることができる。前者の契約財産制とは、夫婦間の財産関係を夫婦間の契約によって任意に定めるものであり、その契約を夫婦財産契約と呼ぶ。これに対して、後者の法定財産制(法定夫婦財産制とも言う)は、夫婦間の財産関係を法律によって定めるものであり、さらに、夫婦の財産を共有とする共有制や、夫婦が各自別々に自分の財産を所有し管理する別産制などの種類がある。
二つの制度の関係であるが、まず、夫婦が契約によって夫婦間の財産関係を自由に定める。つぎに、夫婦がそのような契約を結ばなかった場合に法律に定めるところにしたがって夫婦の財産関係が定まる(755条)。このように、民法の建前としては、法定財産制は夫婦財産契約が結ばれなかった場合に適用される補充的な制度である。しかし、実際には夫婦財産契約が結ばれることはまれである。
夫婦は、契約によって婚姻中の夫婦の財産関係を自由に定めることができる(755条)。これを夫婦財産契約と呼ぶ。
(1) 法定財産制との関係
民法は、夫婦財産契約がなされなかったときに法定財産制によると規定しており(755条)、契約財産制が法定財産制に優先するという建前をとる。
しかし、わが国では、実際に夫婦財産契約の締結・登記がされることはまれである。その理由として、手続きのきゅうくつさや、婚姻前に契約をむすぶ慣行がないことなどがよくあげられる。比較法的にみても、契約モデルの提示がなく、婚姻後の変更ができないなど、日本の夫婦財産契約は利用しにくいという指摘もある。
(2) 夫婦財産契約の方法・変更
夫婦財産契約は、婚姻の届出前にしなければならない(755条)。契約を締結するかどうか、どのような内容にするかは当事者の自由に決定することができるが、公序良俗や強行規定に反することはできない。
また、夫婦財産契約は、婚姻の届出までにその登記をしなければ、夫婦の承継人(相続人など)や第三者に対抗することができない(756条)。取引の安全をはかるためである。
婚姻の届出後は、夫婦の財産関係を変更することができなくなる(758条1項)。例外的に、財産の管理権の回復や共有財産の分割を家庭裁判所に申し立てることができるが(同条2項3項)、その場合も登記が対抗要件となる(759条)。
民法は、「法定財産制」の款(第4編第2章第3節第2款)に次の三つの規定を置く。
①婚姻費用の分担(760条)
②日常の家事に関する債務の連帯責任(761条)
③夫婦間における財産の帰属(762条)
①と②については項を改めて説明することとして、ここでは③について述べる。
(1) 別産制の原則
法定財産制には、立法的にいくつかの種類があり、代表的なものとして共有制と別産制がある。前者は夫婦の財産を共有とするのに対して、後者は夫婦が各自別々に自己の財産を所有する。
日本の民法は、「夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする」と規定しており(762条1項)、別産制の採用を明らかにしている。
「婚姻中自己の名で得た財産」とは、労働収入や貯金で購入した財産などであり、その所有名義を問わない(最判昭34.7.14)。夫の収入を妻の銀行口座に預金しても、夫の財産である。
明治民法は夫が妻の財産を管理していたが、現行法では各自がそれぞれ自己の財産(特有財産)を管理する。
夫婦のいずれの財産であるか不明な場合は、夫婦の共有に属するものと推定される(同条2項)。
(2) いわゆる内助の功の反映
別産制にしたがって夫婦の財産的独立を厳格に貫くと、たとえば専業主婦のいわゆる内助の功のような貢献が夫婦の財産関係に反映されなくなる。この点を考慮して、婚姻中に夫婦が協力して形成した財産は、実質的には夫婦の共有に属すると考えるべきであるとする見解もある。
もっとも、婚姻解消の際になされる相続や財産分与の際に夫婦の財産形成への寄与度が十分に反映されるのであれば、あえて別産制を否定するほどの不都合はない。かつては配偶者の相続分が少なく(3分の1)、また、財産分与制度が十分に機能していなかったので、妻の権利を保護するために、夫婦の財産関係を共有制に近づけて解釈する試みや共有制などに移行すべきとする立法的提案がなされた。
しかし、現在は、このような議論の前提状況が変化したことにより、別産制を維持しつつ、妻の貢献を財産分与に反映させるという方向に変化している。
夫婦は、その資産・収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する(760条)。
夫婦は互いに協力・扶助する義務を負い(752条)、したがって夫婦はどちらが働いてどちらが家事・育児を担当するかなどを話し合い(協議)で決めるのであるが、本条は婚姻費用の分担という側面からそのことを規定したものである。
民法752条の協力・扶助義務は生活保持義務、すなわち、夫婦双方の生活水準が同等になるように維持する義務であり、婚姻費用の分担義務もその程度に負う。
(1) 婚姻費用の内容
「婚姻から生ずる費用」(婚姻費用)とは、夫婦だけでなく未成熟子をも含めた共同生活を支えるのに必要な一切の費用を指す。具体的には、衣食住の費用、出産費、養育費、教育費、医療費、娯楽費などである。夫婦の一方の連れ子にかかる生活費も含まれる。
(2) 婚姻費用の分担方法
婚姻費用をどのように分担するかは、夫婦の協議によって定まる。協議が調わないときは、家庭裁判所の調停・審判によって決定する(家事審判法9条1項乙類3号)。
過去の婚姻費用の分担請求も認められる(最大判昭40.6.30)。また、離婚の際の財産分与(768条)において、過去の婚姻費用を清算することができる(最判昭53.11.14)。
(3) 別居中の婚姻費用分担請求
実際に婚姻費用の分担が問題となるのは、夫婦が別居している場合である。たとえ別居状態にあっても、婚姻が継続している間は、夫婦の一方は他方に対して婚姻費用分担を請求することができると解されている。
その際、分担の程度において、別居ないし破綻についての当事者の責任が考慮される。正当な理由もなく別居をしたほうの配偶者からの生活費の請求は認められず、また、双方に破綻の責任があるときは分担義務が軽減される。もっとも、別居・破綻責任は、未成熟子の養育費には影響しない。
夫婦は、日常の家事に関する債務について連帯して責任を負う(761条)。民法760条が夫婦間の内部関係に関する規定であるのに対して、本条は夫婦と第三者との間の対外関係に関する規定である。
民法は法定財産制として別産制を採用しているのであるから、夫婦は互いに財産的に独立しており、夫婦の一方が第三者とした取引については他方が責任を負うことがない。しかし、取引の相手方からすれば、夫婦の一方がその共同生活を維持するために行った取引については夫婦双方が責任を負うと考えるのが通常である。
そこで、取引の安全をはかるために、民法は、夫婦の一方が第三者とした取引から生じる債務について他の一方も連帯して責任を負うこととした。もっとも、夫婦の連帯責任を全面的に認めることは夫婦の財産的独立性に反するので、日常家事債務の範囲に限定して認めている。
夫婦の一方が第三者に対して責任を負わない旨を予告した場合は、連帯責任を免れることができる(761条ただし書)。
「日常の家事」に関する法律行為とは、夫婦(および未成熟子)が共同生活を営むうえで通常必要な行為を指す。たとえば、生活必需品の購入や、子の養育・教育、医療・保険に関する契約、家屋の賃貸借契約は、一般に日常の家事に関する法律行為にあたるとされる。
もっとも、日常家事の具体的な範囲は、個々の夫婦の内部事情や地域社会の慣習によって異なりうる。
判例は、ある法律行為が夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するかどうかを判断するにあたっては、夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的だけでなく、その法律行為の種類、性質等を客観的に考慮すべきであるとする(最判昭44.12.18)。
日常家事に属する法律行為か否かが問題となる場合として、多額の借金(金銭消費貸借契約)や他方名義の不動産を処分する行為がある。裁判例は、いずれも日常家事には属しないとする傾向にある。
現行民法は、日常の家事について夫婦が相互に他方を代理するとは明記していない。しかし、判例および学説は、761条の「連帯責任」の前提として、日常家事に関する夫婦相互の代理権が存在することを認めている(最判昭44.12.18)。
従来、日本の一般的な家庭においては、日常の家事を担当するのは妻であることが多い。そのため、明治民法のもとでは、夫を財産管理者かつ婚姻費用負担者とする反面、日常の家事について妻は夫の代理人とみなされた(旧804条)。そして、この代理権を基本代理権として民法110条の表見代理の成立が肯定されていた(大判昭8.10.25)。
日常家事に関する代理権が認められることを前提とすると、つぎに、夫婦の一方が日常家事の範囲を逸脱して第三者と取引した場合(たとえば、夫が妻所有の不動産を無断で第三者に売却した場合)、日常家事に関する代理権を基本代理権として民法110条の表見代理が成立するかどうかが問題となる。
第三者保護の観点からすると広く110条の適用を肯定すべきであるが、そうすると夫婦財産の独立性を損うことになるので適当とはいえない。
そこで、判例は、第三者が日常家事の範囲内の行為であると信ずるにつき正当の理由があるときにかぎり、民法110条の趣旨を類推適用して第三者を保護すべきであるとする(前掲最判昭44.12.18)。
これは、単純に民法110条を適用するのとは異なり、第三者の信頼が日常家事に関するものであるかぎり保護されると解することによって、夫婦財産の独立性にも配慮するものである。