婚姻については、身分行為としての特殊性から、民法総則の無効および取消しに関する規定が適用されないと解するのが通説である。民法も、婚姻が無効となる場合および取り消すことができる場合を限定している(742条、743条)。
婚姻のような身分行為は、当事者の身分関係に重要な変更をもたらすから、当事者本人の意思がなにより重視される。意思を欠く身分行為は、すべて無効であると解される(意思主義)。
また、身分行為については民法90条が適用されないと解されている。たとえば、重婚や近親婚は公序良俗に違反する行為であるといえるが、無効原因ではなく取消原因である(公益的取消し)。
民法742条は、婚姻が無効となる原因を、①人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき(1号)、および、②当事者が婚姻の届出をしないとき(2号)に限定する。
このうち、②の婚姻の届出をしない場合については、そもそも届出は婚姻が成立するための要件なのであるから、届出がない以上、婚姻は不成立であると解するのが通説である。この立場からすると、本条の2号が意味を持つのはもっぱらただし書の部分である。すなわち、739条2項の要件を欠く届出が誤って受理されたとしても、婚姻の効力には影響しない。
通説によれば、婚姻の無効原因は、①の婚姻意思がない場合にかぎられる。たとえば、当事者間に婚姻意思の合致がないにもかかわらず、第三者または相手当事者が勝手に婚姻届を作成・提出した場合は、婚姻意思のない婚姻として無効となる(大判大9.9.18)。
婚姻意思とは何かについては、別のページで解説している。なお、「人違い」とは、婚姻相手の同一性を誤ることである。相手の属性について誤りがあった場合は、それが詐欺によるものであったときに婚姻取消しが問題となる。
婚姻の無効の性質については、次のような議論がある。
(1) 当然無効説
判例・通説によると、無効な婚姻は、判決や審判を待たずに当初からその効力を生じない(当然無効)。したがって、婚姻無効の訴えがなくても、利害関係人は相続回復請求など他の訴訟における前提問題として婚姻無効を主張することができる。
(2) 形成無効説
これに対して、婚姻は判決・審判がなされるまで効力を有するが、無効判決・審判によって遡及的に効力を失う(形成無効)とする見解も訴訟法学者から有力に唱えられている。この見解によれば、婚姻無効とする判決・審判がないかぎり、誰も婚姻無効を主張することができないことになる。
いずれにせよ、婚姻が無効とされると、その婚姻の効力ははじめから生じなかったことになる。その結果、無効な婚姻の当事者間に生まれた子は嫡出性を否定される。これは、婚姻の取消しの場合には嫡出子としての地位を失うことがないのと対照的である。
民法は無効な婚姻の追認について規定していないので、その可否が問題となる。
この点について判例は、(事実上の)夫婦の一方が他方の意思に基づかないで婚姻届を作成・提出した場合においても、届出時に夫婦としての実質的生活関係が存在しており、後に他方の配偶者が届出の事実を知って追認したときは、婚姻は追認によりその届出の当初にさかのぼって有効となると判示している(最判昭47.7.25―他人の権利の処分において民法116条本文が類推適用される場合との類似性を指摘する)。
なお、無効な身分行為の追認は、定まった方式が要求されず、また、黙示のものであってもよい(最判昭27.10.3)。