このページの最終更新日 2017年7月7日
成年後見制度は、認知症、知的障害、精神障害などの理由で判断能力が不十分である者を保護するために、本人の生活を支援する者を選任する制度である。
新しい成年後見制度は、本人保護という従来からの理念と、自己決定の尊重(本人に残された能力を活用してできるかぎり本人の意思を尊重するという理念)やノーマライゼーション(障害のある者も健常者も等しく共に生活できるような社会にすべきであるという理念)という新しい理念との調和を目指している。
なお、成年後見制度では、行為能力の制限は保護のあり方の一つにすぎず、必ずしも本人(保護の対象者)の行為能力が制限されるとはかぎらない(法定後見における補助、任意後見制度)。
〔参考〕制度の沿革
平成11年改正によって従来の禁治産・準禁治産制度は廃止され、それに代わる新たな制度としていわゆる成年後見制度が導入された。
旧制度においては、①「禁治産」「準禁治産」「無能力」という用語は差別的であり偏見を招くこと、②禁治産宣告・準禁治産宣告が戸籍に記載されるため、本人のプライバシーが守られないこと、③旧制度の2類型では内容が硬直的すぎて高齢化社会への対応ができないなどの問題が指摘されていた。
そこで、新制度においては、高齢者福祉および障害者福祉の充実といった観点から、①差別的用語の撤廃、②戸籍への記載の廃止と成年後見登記制度の導入、③各人の残存能力に応じた柔軟な制度設計といった改善がなされている。
成年後見制度は、法定後見制度と任意後見制度とに大別される。前者は裁判所が職権で保護者を選任する制度であり、後者は当事者が契約で保護者を選ぶ制度である。
自己決定の尊重という観点から、本人に任意後見制度を利用する意思があるかぎり、任意後見による保護が法定後見に優先するのが原則である(任意後見契約に関する法律10条1項・4条2項参照)。これを任意後見制度優先の原則という。法定後見制度は、任意後見制度を補完する役割を果たす制度として位置づけられる(法定後見制度の補充性)。
法定後見は、判断能力が不十分な者のために家庭裁判所の審判によって開始されるものである。本人の判断能力の程度に応じて、後見・保佐・補助の3種類が用意されている。家庭裁判所が職権で保護者を選任し、保護者の権限の範囲は民法または家庭裁判所の審判によって定められる。
後見に関する審判は一定の者の申立てによって行われるが、本人の自己決定を尊重するため、一定の審判を行う場合には、本人の請求または同意が必要とされている(補助開始の審判、補助における同意権付与の審判・代理権付与の審判、保佐における代理権付与の審判)。
【表】法定後見制度の類型
後見 | 保佐 | 補助 | |
対象者 | 精神上の障害により事理弁識能力を欠く常況にある者 | 精神上の障害により事理弁識能力が著しく不十分な者 | 精神上の障害により事理弁識能力が不十分な者 |
本人 | 成年被後見人 | 被保佐人 | 被補助人 |
保護者 | 成年後見人 | 保佐人 | 補助人 |
保護者の権限 | 代理権・取消権 |
同意権・取消権 +代理権 (代理権付与の審判) |
同意権・取消権 (同意権付与の審判) または代理権 (代理権付与の審判) |
〔参考〕平成11年改正
平成11年改正により、「禁治産」「準禁治産」の制度は廃止され、「禁治産者」「準禁治産者」「禁治産宣告」「準禁治産宣告」「無能力者」という表現・手続きは、それぞれ「成年被後見人」「被保佐人」「後見開始の審判」「保佐開始の審判」「制限能力者」(後に「制限行為能力者」)という表現・手続きに改められた。また、新たな類型として補助が新設された。補助の類型は、軽度の精神上の障害がある者を対象とし、手続き上、本人の意思がもっとも尊重されている。
民法は当初、準禁治産宣告の対象として心神耗弱者、聾者、唖者、盲者および浪費者を挙げていた。その後、昭和54年改正によって聾者、唖者、盲者が削除され、さらに平成11年改正によって「心神耗弱」の文言が改められ、浪費者が除外された。現在の保佐という類型においては、事理弁識能力が著しく不十分であることだけが被保佐人の要件である。
任意後見は、本人が、将来、自己の判断能力が低下した場合に備えて、あらかじめ本人が選んだ者に自己の後見事務(生活支援や療養看護、財産管理に関する事務)についての代理権を与える契約を結ぶものである。この契約を任意後見契約と呼び、本人と任意後見契約を締結した者を任意後見受任者と呼ぶ。(任意後見契約に関する法律2条参照。以下、「任意後見契約に関する法律」を単に「法」と略する。)
任意後見契約は、委任契約の一種である。契約の相手方(任意後見人となる者)を誰にするかは、本人の自由な決定による。また、任意後見人の職務権限(代理権)の範囲も、契約によって自由に定めることができる。
任意後見契約は、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時にその効力を生じる(法2条1項参照)。
なお、任意後見は、他人に後見事務のための代理権を与えるものであって、法定後見のように本人の行為能力を制限するものではない。
〔参考〕任意後見契約の特徴
任意後見契約も委任契約の一種であるから、委任に関する規定(民法643条以下)が適用されるのが原則である。
ただし、次の諸点において、一般の委任契約とは異なる扱いを受ける。
① 任意後見契約は、公正証書によることを要する(法3条)。なお、任意後見契約は、嘱託により登記される(後見登記等に関する法律5条)。
② 家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時に契約の効力が発生する(法2条1項参照)。
③ 受任者(任意後見人)は、身上配慮義務を負う(法6条)。
④ 任意後見人にその任務に適しない事由があるときは、家庭裁判所は、一定の者の請求により、任意後見人を解任することができる(法8条)。
⑤ 任意後見監督人選任前の解除は当事者双方がいつでもできるが、公証人の認証を受けた書面によることを要する。任意後見監督人選任後の解除は、家庭裁判所の許可が必要である(法9条)。
⑥ 任意後見人の代理権の消滅は、登記をしなければ、善意の第三者に対抗することができない(法11条)。
〔参考〕意思能力の確認
本人に認知症その他精神的な病気の疑いがある場合であっても、本人に意思能力がないとはかぎらない。そのような状態にある者であっても、契約締結の時点において意思能力を有するかぎり、任意後見契約を締結することは可能である。手続き上、公証人が公正証書を作成する際に、直接本人に面接して契約の意思と意思能力の有無を確認することになっている。
任意後見契約を締結しただけでは、まだ契約の効力は生じない。任意後見監督人を選任した時に任意後見契約はその効力を生じ、任意後見受任者は任意後見人になる(法2条)。
(1) 任意後見監督人
本人の事理弁識能力(判断能力)が不十分な状況になったとき、一定の者(本人、配偶者、4親等内の親族、任意後見受任者)の請求により、家庭裁判所は任意後見監督人を選任する(法4条1項)。本人以外の者の請求による場合は、本人が意思を表示できないときを除き、本人の同意が必要である(同条3項)。
任意後見監督人の職務は、任意後見人の事務を監督したり、家庭裁判所に対して任意後見人の事務に関する報告を行ったりすることである(法7条)。通常の委任契約ではなく任意後見契約によって代理権を与えることの意味は、このように、公的機関がかかわるしくみによって受任者(任意後見人)の監督がなされるという点にある。
(2) 任意後見人
任意後見契約の相手方である任意後見受任者は、任意後見監督人の選任によって任意後見契約が効力を生じると、任意後見人になる(法2条)。
任意後見受任者となる資格に法律上の制限はなく、本人は自由に受任者を選任して、その者と任意後見契約を締結することができる。ただし、任意後見受任者に任意後見人となるにふさわしくない事由(法4条1項3号)がある場合には、任意後見監督人選任の請求が却下され、その結果、任意後見契約は効力を生じない。
任意後見人の職務(代理権)の範囲は、任意後見契約によって定められる。
任意後見人は、その職務を行うに当たり、本人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態および生活の状況に配慮しなければならない(法6条)。
任意後見制度の利用は、本人の選択によるものである。したがって、本人の意思を尊重するという観点から、任意後見契約が登記されている場合には、原則として法定後見開始の審判をすることはできない(法10条1項)。法定後見開始の審判が任意後見監督人の選任前になされた場合であっても、後に任意後見監督人が選任されたときは、その審判は取り消される(法4条2項)。
例外的に、本人の利益のため特に必要があると認められるときにかぎり、法定後見開始の審判をすることができる(法10条1項、なお法4条1項2号参照)。法定後見開始の審判が任意後見監督人の選任後になされた場合には、任意後見契約は終了する(同条3項)。
〔参考〕任意後見の利用形態
任意後見には次の三つの利用形態があり、本人がその生活状況や心身の状態に応じていずれかを選択する。
① 即効型
公正証書作成後直ちに家庭裁判所に任意後見監督人の申立てを行う形態である。本人がすでに認知症などの状態にある場合はこれによる。
② 将来型
将来の判断能力低下に備えて任意後見契約のみを締結する形態である。本人の判断能力が低下する前の支援を必要としない場合はこれによる。
③ 移行型
任意後見契約と同時に通常の委任契約(見守り・財産管理委任契約)を締結する形態である。本人の判断能力が低下する前は後者の契約にもとづく任意代理によって本人の支援をするが、本人の判断能力が低下したときには前者の任意後見に移行する。
法定後見の開始の審判または任意後見契約の公正証書作成がなされて成年後見が開始すると、家庭裁判所または公証人の嘱託により、法務局の後見登記等ファイルに成年後見に関する事項を記録する方法で登記される(後見登記等に関する法律4条・5条)。
登記記録の開示は、証明書(登記されている場合は登記事項証明書、登記されていない場合は登記されていないことの証明書)を発行することによってなされる(同法10条)。本人のプライバシー保護のために、証明書の交付を請求することができる者の範囲が制限されているが(後見登記等に関する法律10条)、取引の相手方は、本人側に対して証明書の呈示を要求することによって、本人が行為能力を有する者であるかどうか、あるいは代理人と称する者が代理権限を有するかどうかを確認することができる。