このページの最終更新日 2019年10月5日
不在者(従来の住所・居所を去った者)の生死が不明である場合に、いつまでも不在者を生存しているものとして扱うとなると、その者をめぐる法律関係が一向に進展しない。いつまで経っても不在者についての相続が開始しなかったりするが、これは残された関係者にとっては不都合な事態である。
そこで、民法は、不在者の生死不明の状態が一定期間継続した場合に、家庭裁判所の審判によってその者を死亡したものとみなす(擬制する)ことにした。それが失踪宣告(しっそうせんこく)の制度である(30条~32条、家事事件手続法148条・149条)。
失踪には、その原因を問わない普通失踪(ふつうしっそう)と、なんらかの危難に遭遇したことを原因とする特別失踪(とくべつしっそう)*の二つの場合がある。それぞれの場合において失踪宣告の要件および効果が異なる(後述)。
*危難失踪(きなんしっそう)ともいう。
特別失踪にかかる失踪宣告と類似する制度として、戸籍上の制度であるが、認定死亡がある。
水難・火災などの事変があった場合において、死体が発見されたなどの確証はないが、状況からみて死亡が確実視されるときは、その取調べにあたった官公署が死亡と認定して市町村長に報告する(戸籍法89条参照)。それによって戸籍に死亡の記載がなされ、実際上も死亡したものとして扱われる。
家庭裁判所は、不在者の生死不明の状態が一定期間継続した場合に、利害関係人の請求にもとづいて、公告の手続きを経た後に失踪の宣告の審判(しんぱん)をする(30条、家事事件手続法148条)。
(1) 失踪期間
失踪宣告の要件として、ふつうの場合(普通失踪)は生死不明の状態が7年間継続することが必要である(30条1項)。
しかし、戦地に臨んだり、沈没した船舶に乗っていたりした場合のように、死亡する確率が非常に高い危難に遭遇した場合(特別失踪または危難失踪)には、生死不明の期間は危難が去った時から1年でよい(同条2項)。死亡の可能性が高いので、比較的短い期間で足りるとしたのである。
(2) 請求権者
家庭裁判所の失踪宣告は、利害関係人からの請求を待ってなされる(30条1項)。
ここにいう利害関係人とは、失踪宣告を求めるにつき法律上の利害関係を有する者である(大決昭7.7.26)。不在者の配偶者や推定相続人、生命保険金の受取人などがこれに当たる。
なお、近親者への配慮から、検察官は請求権者に含まれない。
(1) 死亡擬制
失踪宣告を受けた不在者(失踪者)は死亡したものとみなされ、その結果、婚姻の解消や相続の開始、保険金請求権の発生などといった死亡にともなう効果が発生する。
死亡が擬制される時点は、普通失踪の場合は失踪期間満了時(生死不明の状態が7年経過した時点)、特別失踪の場合は危難が去った時(失踪期間起算時)である(31条)。
【表】普通失踪と特別失踪
普通失踪 | 特別失踪(危難失踪) | |
失踪期間 | 生死不明の状態が7年間継続 | 危難が去った後1年間生死不明 |
死亡擬制時 | 失踪期間満了時 | 危難が去った時 |
(2) 失踪者が生存していた場合
失踪宣告は、従来の住所・居所を中心とする法律関係に関して死亡を擬制するものにすぎない。
したがって、もし失踪者がどこかで生存していたとしても、失踪宣告によって失踪者本人の権利能力が消滅するわけではなく、失踪者が新たに別の住所において形成した法律関係は失踪宣告による影響を受けない。
ただし、失踪者が元の住所・居所に戻ってきたとしても、失踪宣告の効力は当然には消滅しない。元の住所・居所を中心とする権利義務関係を復元するためには、失踪宣告の取消しが必要である(後述)。
失踪者が生存していたとき、あるいは、失踪宣告により死亡と擬制された時期と異なる時期に死亡していたことが判明したときは、失踪者本人または利害関係人は、家庭裁判所に対して失踪宣告の取消しを請求することができる(32条1項前段、家事事件手続法149条)。
失踪宣告の取消しがなされると、失踪宣告による効果(失踪者の死亡を原因とする権利変動)は、当初にさかのぼって生じなかったことになる。つまり、失踪宣告の取消しには遡及効(そきゅうこう)がある。
また、失踪宣告によって財産を取得した者*は、失踪宣告の取消しがあると、その取得した財産(相続財産や保険金)を不当利得として返還しなければならない(703条・704条)。
*相続人や保険金受取人など、失踪宣告を直接の原因として財産を取得した者(直接取得者)を指し、これらの者からの転得者は含まれない。
失踪宣告の取消しの遡及効をつらぬくと、失踪宣告により生じた効果(権利変動)を基礎として取引関係に入った第三者が、失踪宣告の取消しによって不測の損害を被るおそれがある。
そこで、取引の安全を図るために、失踪宣告の取消しは、失踪宣告からその取消しまでの間に「善意でした行為」の効力には影響を及ぼさないと定めている(32条1項後段)。
たとえば、「不在者Aの失踪宣告によってBがAの甲不動産を相続した後に、Bが第三者Cにその不動産を譲渡した」という事例を考える。
この場合、Aの失踪宣告が取り消されたとすると、遡及効によりAからBへの相続も生じなかったことになるから、Bは甲不動産について無権利者ということになる。それゆえ、Cへの甲不動産の譲渡の効果(所有権の移転)も生じなかったことになる。(AはCに対して、甲不動産の引渡しを請求することができる。)
しかし、BC間の甲不動産譲渡が「善意でした行為」であった場合には、その効果(所有権移転)が失踪宣告の取消し後もなお維持される。
「善意でした行為」の意味が問題になるが、取引の安全を図るという立法趣旨に照らせば、「善意でした行為」であると言えるためには、少なくとも取引の相手方(第三者)が善意であることを要する。
もっとも、判例は、直接取得者と相手方の双方が善意であることを要求する(大判昭13.2.7)。
●失踪宣告の取消しと身分行為
「不在者Aが失踪宣告を受けた後、残された配偶者Bが第三者Cと再婚した。しかしその後、Aが生存していたことが判明し、Aについての失踪宣告が取り消された」という事例を考える。
失踪宣告の取消しの遡及効からすると、死亡擬制によって解消されたAB間の婚姻(前婚)は復活することになりそうである。
しかし、失踪者Aは長期間生死不明のまま残存配偶者Bと離れていたのであり、その間、BとCの婚姻関係(後婚)が続いていたことを考えると、後婚を保護するのが適当であるともいえる。
そこで、どのような法律構成を考えるべきかが問題となる。
① 民法32条1項後段を適用する説
身分行為の場合にも民法32条1項後段の適用を肯定して、後婚当事者BCの双方が善意であるかぎり、失踪宣告の取消しによっても前婚(AB間の婚姻)は復活せず、後婚(BC間の婚姻)は有効のままと解する説である。
後婚当事者(BかC)の少なくとも一方が悪意であった場合には、前婚復活により重婚状態が生じ、後婚についての取消原因となる(732条・744条)。(前婚についても離婚原因となりうる。770条1項5号参照)
② 常に後婚を有効とする説
失踪宣告の取消しがなされても、後婚当事者が善意かどうかに関係なく前婚は復活せず、常に後婚が有効になると解する説である。当事者の意思と現在の事実状態の尊重を理由とする。
失踪宣告によって財産を取得した者は、失踪宣告の取消しがあると、その原因を欠いて不当利得となるので、その財産を返還しなければならない。
この点に関して、民法32条2項は、「現に利益を受けている限度」*で返還義務を負うと定める。
*「利益の存する限度」という表現も同じ意味である(703条参照)。
「現に利益を受けている限度」とは、利益が残っている範囲に限定するという意味であり、利益が当初の形のままで残っている場合だけでなく、その価値が形を変えて残っている場合をも含む。
たとえば、取得した金銭を生活費に充てていた場合は、それよって本来の財産からの支出を免れたことになるから、利益は残っている。つまり、返還義務を負う。
通説は、同規定は703条と同じことを規定したにすぎず、直接取得者(受益者)が悪意の場合には704条が適用されるとする(悪意者排除説)。
次の各文を読んで、その内容が正しければ○、間違っていれば✕と答えなさい。
(1) 不在者の配偶者は、不在者について失踪宣告がなされないかぎり、婚姻を解消することができない。
(2) 失踪宣告の手続きは、不在者の生死不明の状態が所定の期間経過した後に家庭裁判所の職権によって開始される。
(3) 失踪宣告を受けた者は死亡したものと推定されるが、その者の生存を証明することによってその推定をくつがえすことができる。
(4) Aの失踪宣告によってAの財産を相続したBは、相続の時点でAが生存していたことについて善意であるかぎり、失踪宣告の取消しによっても相続財産を失うことはない。
(5) 失踪宣告によって財産を得た者は、たとえ後に失踪宣告の取消しがなされても、「現に利益を受けている限度」でその財産を返還すれば足りる。
ヒント
(1) 配偶者の3年以上の生死不明は離婚原因となる(770条1項3号)ので、失踪宣告がなければ婚姻を解消できないわけではない。
(2) 失踪宣告の手続きは、利害関係人からの請求だけによって行われる。裁判所の職権や検察官の請求によって失踪宣告がなされることはない。
(3) 失踪宣告を受けた者は、死亡したとみなされる(擬制される)のであって、死亡が推定されるのではない。失踪者の生存が判明しても、ただちに失踪宣告の効果が消滅するわけではなく、その失踪宣告を取り消さなければならない。
(4) 民法32条1項後段は、失踪宣告による権利変動そのものを保護する趣旨ではなく、失踪宣告による権利変動を信頼して行為した者を保護する趣旨である。直接取得者であるBには保護すべき信頼がない。
(5) 民法32条2項のとおり。
正解
(1) ✕
(2) ✕
(3) ✕
(4) ✕
(5) ○