このページの最終更新日 2019年10月3日
民法は、あらゆる社会生活を権利・義務の関係としてとらえる。それは当然に、権利・義務の主体となるものが存在することを前提とする。
人間は、権利・義務の主体となることが認められる。しかし、人間以外の動物は、権利・義務の主体になることができず、法律上「物」として扱われる。
この、権利・義務の主体となることができる資格を権利能力(けんりのうりょく)という。「権利」能力というが、義務を負担する能力をも含んでいる。
権利能力は、個人(自然人*)に対して認められるだけでなく、一定の団体に対して与えられることもある。団体(法人)の権利能力を「法人格」と呼ぶこともある。
*法律学では、生身の人間(個人)のことを自然人(しぜんじん)と呼ぶ。
個人は、すべて平等に完全な権利能力を有する。すなわち、年齢や性別、身分、能力のいかんにかかわらず、すべての個人はあらゆる権利の主体となることができる。このことを権利能力平等の原則と呼ぶ。
この原則は、民法にははっきりと書かれていない。しかし、民法3条1項が「私権の享有〔きょうゆう〕は、出生に始まる」と規定していることから、民法はこの原則を当然の前提としているものと解される。
日本の国籍を有しない者を外国人という。無国籍者も外国人に含まれる。
外国人も原則として権利能力を有するが、法令または条約による禁止・制限が認められている(3条2項)。
自然人は、出生(しゅっしょう)と同時に権利能力を取得する。
このことを民法は、「私権の享有は、出生に始まる」と表現している(3条1項)。
いかなる事実をもって出生とするかという問題がある。
民法上の通説は、胎児が母体から全部露出した時をもって出生であると解する。これに対して、刑法上の判例・通説は、胎児が母体から一部でも露出した時点で人となると解する。
なお、出生があったときは、その事実を市町村長に届け出なければならない(戸籍法49条)。もっとも、出生届がなされなかったとしても、出生によってその者が権利能力を取得することに変わりはない。
人は出生によって権利能力を取得するのであるから、まだ生まれてくる前の胎児(たいじ)には権利能力が認められないのが原則である。
そうすると、胎児は、生まれてくる時期が少し早いか遅いかによって親の財産を相続できたりできなかったりすることがある。
子が親の権利を相続するためには、親の死亡=相続開始の時点ですでに権利の主体として存在していなければならない。
親の死亡する前に生まれた胎児は、親の死亡によって相続が開始する前にすでに権利の主体として存在しているので、親の権利を相続することができる(887条1項)。
しかし、親の死亡後に生まれた胎児は、相続開始の時点では権利の主体として存在していないため、親の権利を相続することができないことになる。
しかし、出生の時期が親の死亡よりも早かったか遅かったかというのは、偶然そうであるにすぎない。そのような偶然の事情によって、権利を取得できるかどうかが左右されるのは不合理である。
相続にかぎらず、不法行為による損害賠償請求や遺贈についても同様の不合理が生じうる。
そこで、民法は、不法行為にもとづく損害賠償請求、相続、遺贈に関して、胎児はすでに「生まれたものとみなす」という規定を置いている(721条・886条1項・965条)。このような出生の擬制(ぎせい)によって、出生前の胎児であっても、出生後の胎児と同様にその利益が保護される。
もっとも、胎児が死産した(死んだ状態で分娩された)ときには、これらの規定は適用されない(886条2項)。
◆「既に生まれたものとみなす」の意味
「既に生まれたものとみなす」の意味について争いがある。
① 停止条件説(人格遡及説)
胎児は、胎児である間はまだ権利能力がなく、生きて生まれたときにはじめて権利発生の時点にまで遡って権利能力が認められると解する説である。生まれる前の胎児はまだ権利の主体ではないのであるから、胎児に代理人をつけることはできない。判例は、この考え方に立つ(大判昭7.10.6―阪神電鉄事件)。
② 解除条件説(制限人格説・人格消滅説)
胎児である間でも問題となる法律関係に関するかぎりにおいて権利能力が認められるが、胎児が死産したときには権利能力がはじめからなかったことになると解する説である。登記実務の立場である。生まれる前の胎児であっても権利の主体となることができるので、胎児に代理人をつけてその権利を保全することが可能となる。もっとも、現行法上、胎児のための法定代理を認める制度は存在しない。
自然人の権利能力は、死亡と同時に消滅する。そして、自然人は、死亡以外の原因によって権利能力を失うことはない。
民法上、人の死亡には、一定の効果が結び付けられている。最も重要な効果は、相続の開始である(882条)。そのほかにも、婚姻関係が終了したり、契約関係が終了したり(599条・653条など)する効果がある。
なお、失踪宣告を受けた者は死亡したものとみなされる(31条)。
二人以上の者が続けて死亡した場合、その死亡の時期の先後関係がその後の法律関係に大きな影響を与えることがある。
たとえば、資産家Aとその子Bが同じ災難に遭遇して両者ともに死亡したという事例を考えると、AとBのいずれが先に死亡したかによって相続関係が異なってくる。
もしAとBの死亡の時期の先後関係が明らかにできないとなると、死亡後の法律関係を確定することが不可能になり、相続をめぐる紛争を解決することができない。(その結果、事実上、相続財産を先に占有した者が利益を得ることになる。)
そこで、民法は、数人の者が死亡した場合においてこれらの死亡の時期の先後関係が明らかでないときには、これらの者は同時に死亡したものと推定することとした(32条の2)。
同時に死亡した者どうしは、互いに相続人にはならず、それらの者の間の遺贈も効力を生じない(887条・994条参照)。
上述の事例では、BはAを相続することができないから、Aの財産はBの相続人(Bの配偶者など)の手には渡らない。
なお、同時死亡の推定は、あくまで推定にすぎないのであるから、死亡の先後関係を証明することによってこれをくつがえすことができる。
次の各文を読んで、その内容が正しければ○、間違っていれば✕と答えなさい。
(1) 個人以外のものは、権利・義務の主体となることができない。
(2) 生まれる前の胎児であっても、不法行為にもとづく損害賠償請求、相続および贈与に関しては、すでに生まれたものとみなされるので権利能力を有する。
(3) 数人の者が死亡した場合においてこれら者の死亡の時期の先後関係が明らかでない場合であっても、これらの者が同一の機会によって死亡したのでなければ、同時死亡の推定が適用されることはない。
ヒント
(1) 個人のほかに団体も権利義務の主体となりうる。
(2) 胎児の出生が擬制される法律関係は、不法行為にもとづく損害賠償、相続、遺贈の三つ。贈与ではない。
(3) 同時死亡の推定が適用されるのは、同一の機会によって死亡した場合にかぎられない。
正解
(1) ✕
(2) ✕
(3) ✕
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