このページの最終更新日 2017年7月5日
制限行為能力者は、行為能力を制限された範囲において自らの判断だけでは取引を有効に行うことができない。
制限行為能力者が行為能力の制限に反して行為した場合、制限行為能力者本人や保護者などがその行為を取り消すことができる。
この取消しは、取引の相手方の主観的態様(知・不知や不注意の有無)にかかわらずに認められ、また、第三者に対して対抗することもできる。
さらに、取消しの結果として、取引にもとづいて給付されたものがあるときはそれを返還する義務が生じるが(703条・704条)、制限行為能力者が負う返還義務の範囲は「現に利益を受けている限度」にかぎられる(121条ただし書)。これは、取消しの実際上の障害となる不当利得返還の負担を軽減するためである。
*取消しは、無効と並ぶ、法律行為の効力を否定する手段のひとつである。
取り消すことができる行為は、一応有効であって、取消しの意思表示がなされると当初にさかのぼって無効であったものとみなされる(121条本文)。また、追認(取消権の放棄)をすることによって確定的に有効にすることもできる(122条参照)。
(くわしくは、「無効と取消し」を参照。)
制限行為能力者を行為能力者であると信じて取引をした相手方は、たとえそう誤信したことについて不注意がなかった場合であっても保護されない。制限行為能力者制度は、制限行為能力者を保護するために取引の安全を犠牲にするものである。
行為能力の制限を理由とする取消しは、取引の相手方の主観的態様(知・不知や不注意の有無)にかかわらず認められる。そして、制限行為能力者は、取引が自己に有利であると考えたときはそのまま行為の効果を主張し、不利であると考えたときには取り消して無効を主張することができる。
以上のように、制限行為能力者の財産はかなり手厚く保護される。しかしその反面、取引をした相手方は一方的に不利な立場に置かれることになる。
このように、制限行為能力者制度によって制限行為能力者の財産は強力な法的保護を受けることができるが、その反面、取引をした相手方が一方的な犠牲を強いられることになる。
そこで、取引の相手方を保護するための方策を立てることが必要となる。
取り消すことができる行為の相手方を保護するための一般的な制度として、法定追認(125条)や取消権の行使期間の制限(126条)がある。しかし、これだけでは相手方保護のための方法としては不十分である。
そこで、民法は、制限行為能力者保護と相手方保護との調整を図るため、①制限行為能力者の相手方の催告権(20条)と、②制限行為能力者が詐術を用いた場合の取消権の否認(21条)という二つの制度を設けている。
相手方に催告権を与えること(20条)や制限行為能力者が詐術を用いた場合に取消不可能とすること(21条)で取引の安全にもある程度は配慮している
制限行為能力者が保護者の同意なしに単独でした行為は、一応は有効であるが、制限行為能力者側から取り消されると行為時にさかのぼって無効になる(121条本文)。したがって、その行為を取り消すことができる間は、法律関係は不確定な状態のままである。
そして、制限行為能力者と取引をした相手方にとっては、いつ制限行為能力者側から行為を取り消されるかわからないのであるから、法律関係が定まらず不安定な地位に置かれることになる。
そこで民法は、制限行為能力者の相手方がその不安定な地位を解消するための手段として、相手方に催告権というイニシアチブを与えている(20条)。
この催告権によって、相手方は法律関係を早期に確定することができる。
制限行為能力者の相手方は、制限行為能力者側に対して、1か月以上の期間を定めて、取り消すことができる行為を追認するかどうかを確答するように催告することができる(20条)。
相手方の指定した期間内に制限行為能力者側からの返答があった場合は、法律関係はそのとおりに確定する(追認なら有効、取消しなら無効)。
だが、返答がなかった場合には、民法20条に定める基準にしたがって追認または取消しがなされたものとみなされる。
追認と取消しのいずれの擬制が生じるかは、次のように、催告の相手方が追認の権限を有するかどうかによって決まる。
(1) 単独で追認することができる者に対して催告した場合
①行為能力を回復した本人や、②制限行為能力者の法定代理人、保佐人または補助人に対して催告して期間内にこれらの者が確答を発しなかった場合には、行為を追認したものとみなされる(20条1項・2項)。
なお、本人の行為能力が回復した後にその保護者であった者に対して催告しても、その催告は無効である。
(2) 単独で追認することができない者に対して催告した場合
③「特別の方式を要する行為」(法定代理人が単独で同意を与えることができない行為、864条参照)について期間内に方式を具備した旨の通知を発しない場合や、④被保佐人または被補助人に対して追認を得るように催告して期間内に追認を得た旨の通知を発しない場合には、行為を取り消したものとみなされる(20条3項・4項)。
なお、未成年者や成年被後見人に対して催告することはできない(98条の2参照)。
【表】催告の相手方と無返答の効果
催告の相手方 | 返答がなかったときの効果 |
単独で追認することができる者(上述①②の場合) | 追認したものとみなされる(20条1項・2項)。 |
単独で追認することができない者(上述③④の場合) | 取り消したものとみなされる(同条3項・4項)。 |
制限行為能力者が取引の相手方を騙して自らが行為能力者であると相手方に誤信させたような場合にまで、制限行為能力者を保護する必要はなく、むしろ相手方の信頼を保護すべきである。
それゆえ、民法21条は、行為の際に詐術を用いた制限行為能力者はその行為を取り消すことができない旨定めている。
本条適用の要件は、次のとおりである。
① 行為能力者であることを相手方に信じさせるためであること
② 詐術を用いたこと
③ 相手方が詐術によって行為能力者であると誤信したこと
① 行為能力者であることを相手方に信じさせるためであること
自らが行為能力者であると信じさせようとした場合だけでなく、保護者(法定代理人など)の同意を得たと信じさせようとした場合にも本条が適用される(大判大12.8.2)。
② 詐術を用いたこと
本条にいう「詐術」とは、年齢を証明する書類を偽造してそれを提示するなど積極的に術策を弄する場合だけにかぎらず、制限行為能力者が自らを行為能力者である(あるいは、制限行為能力者ではない)と相手方に誤信させるような発言をする場合を含む(大判昭8.1.31―「自分は相当の資産信用を有するので安心して取引してほしい」旨の陳述は、自らが能力者(行為能力者)であると言うのと異ならないから、詐術を用いた場合に該当する)。
単なる黙秘は詐術にあたらない。しかし、判例は、無能力者(制限行為能力者)であることを黙秘していた場合であっても、それが無能力者の他の言動とあいまって、相手方を誤信させ、または誤信を強めたときは詐術にあたるとする(最判昭44.2.13―単に準禁治産者であることを黙秘していた場合は詐術にあたらない)。
③ 相手方が詐術によって行為能力者であると誤信したこと
詐術の結果として相手方が誤信するにいたったことが必要である。相手方の誤信を惹起させた場合だけでなく、誤信を強めた場合をも含む(上掲最判昭44.2.13)。
制限行為能力者であることを相手方が知っていた場合には、相手方保護の必要がないので、本条は適用されない。したがって、その場合には、詐術を用いた制限行為能力者であっても自らがした行為を取り消すことができる。