このページの最終更新日 2016年2月17日
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民法108条本文は、自己契約および双方代理について禁止している。自己契約、双方代理とは、それぞれ次のような行為を言う。
(1) 自己契約
代理人が自ら代理行為の相手方となって本人と自己との間に契約を結ぶことを自己契約と言う。たとえば、ある者AからA所有土地の売却を委託されたBが自らその買主(相手方)となってAとの売買契約を締結するような場合である。
(2) 双方代理
同一人が当事者双方の代理人となって契約を結ぶことを双方代理と言う。たとえば、売主Aの代理人Bが同時に買主Cの代理人となってAC間の売買契約を締結するような場合である。
(3) 民法108条の趣旨
民法108条が自己契約・双方代理を禁止しているのは、たとえば、目的物を不当な廉価で売買するといったように、自己契約においては代理人が自らの利益を図って本人に不利益を及ぼすおそれがあり、双方代理においてはもっぱら一方の当事者の利益のみを図るおそれがあるからである。このように、本条は、代理人一人が当事者双方の地位に立って、当事者間で利益が相反する(一方の利益は他方の不利益である)ような取引を行うことを禁止する。
108条は「代理人となることはできない」と規定しているが、それは、同条に違反してなされた代理人の行為が無権代理行為になるという意味であって、行為自体が無効となるという意味ではない。したがって、本人が後で追認することによって本人に行為の効果が帰属する(116条)。
次の二つの場合には、自己契約および双方代理が例外的に許容されている(108条但書)。
(1) 債務の履行
代金の支払いなどの債務の履行については、自己契約・双方代理が禁止されていない。すでに確定している権利義務関係の決済にすぎないので、本人の利益を害するおそれがないからである。
判例は、弁護士が登記権利者と登記義務者の双方を代理して登記申請することは、108条違反にならないとする(最判昭43.3.8)。
(2) 本人があらかじめ許諾した行為
本人があらかじめ許諾した行為についても自己契約・双方代理が禁止されていない。本人が承諾している以上、本人の利益を保護する必要がないからである。この例外は、民法108条が任意規定であることを意味している。
もっとも、本人があらかじめ許諾していたとしても公序良俗違反として無効となる場合もありうる。たとえば、賃貸借契約において将来紛争が生じた場合に備えて賃貸人の代理人が賃借人の代理人を兼務する旨の特約などは許されない。
(1) 法定代理の場合
法定代理のうち親権や後見については、法定代理人である親権者・後見人が本人との利益が相反する行為(利益相反行為)を行うに際して、特別に親権者・後見人以外の者を本人の代理人として立てることが要求されている(826条、851条4号、860条)。これに反して法定代理人がした代理行為は、無権代理行為となる。
〔考察〕民法108条と利益相反行為の禁止
民法108条は定型的に自己契約・双方代理にあてはまる契約を禁止の対象としているが、利益相反行為の禁止はそれ以外の契約や単独行為、親権者の同意権の行使も対象に含まれる。ただし、親権者から子へ贈与する契約のように、本人の不利益にならない行為は、利益相反行為に該当しない(大判昭14.3.18)。
(2) 任意代理の場合
任意代理の場合には、民法108条によって自己契約または双方代理に該当する行為が禁止されているだけであって、法定代理のように当事者間の利益相反行為を規制する規定が存在しない。
しかし、実質的に考えるならば、本条は、代理人が利益相反行為を行うことを禁止する趣旨であると理解することができる。そのように考えると、代理人の行為が形式的には自己契約・双方代理に該当する行為でなくても、真に利益相反が存在する場合であるならば、そのような行為は本条によって禁止すべきであると言える(108条の拡張解釈)。
逆に、形式的には自己契約・双方代理に該当する行為であっても、真に利益相反が存在しない場合には、本条を適用すべきではない(108条の縮小解釈)。
〔参考〕大判昭7.6.6
YがXに家屋を賃貸するにあたり、将来紛争が生じた場合に貸主Yが借主Xの代理人を選任しうる旨の委任(白紙委任状の交付)がなされたが、後日紛争が生じた際に、Yは自らXの代理人を選任してその者と裁判上の和解をしたという事案。このような委任(代理権授与)は、自己契約と大差がないゆえに、108条の趣旨に準拠して無効であり、和解契約は本人Xの追認がなければXに対して効力を生じないと判示した。
たとえば、代理人が復代理人を選任した場合には、同一の事務について本人の代理人が複数人存在する状況が生じる(広義の共同代理)。代理人と復代理人とは、それぞれが独立して本人との間に代理関係を有し、単独で代理行為を行うことができるのが原則である(単独代理の原則)。
しかし、法律の規定(例、818条3項―共同親権)や当事者間の特約によって数人の代理人が共同して代理行為をすべきであるとする制限が課されている場合もある。そのような場合には、代理人のうちの一人が勝手に単独で代理行為をすることができない。このように、複数の代理人が共同して代理行為をすべき旨の制約が存在する場合を共同代理(狭義)と呼ぶ。
共同代理の定めの存在は、各代理人にとっては代理権の制限となる。すなわち、代理人の一人が単独で代理行為をしても、権限外の行為であるから無権代理となり、本人に効果が帰属しない。
たとえば、本人所有の不動産を売却する権限を有する代理人がその不動産を売却したが、代理人が相手方から受領した代金を着服してしまったというケースを考える。このケースでは、代理人がおこなった代理行為は客観的には代理権の範囲内に属する行為であるが、代理人の主観において自己または第三者の利益をはかる意図がある。このような場合を代理人の権限濫用あるいは代理権の濫用と呼ぶ。
代理人の権限濫用は、客観的には代理権の範囲内で行為がなされた場合であるから、代理の原則にしたがえば、本人に代理人の行為の効果が帰属しそうである。しかし、そうすると、本人は代理人から受け取るはずの代金を得られないにもかかわらず、不動産を相手方に明け渡す義務を負うことになる。本人保護という観点からは、この場合に代理行為の効力を維持しあるいは本人にその効果を帰属させるべきではない。一方で、取引の安全という観点からは、なるべく本人へ効果帰属を否定するべきではない。どのような法律構成ないし要件のもとで妥当な結論を導くかが問題となるが、この点に関して、次のようにいくつかの見解がある。
(1) 93条ただし書類推適用説(判例)
代理人の権限濫用行為の効果は本人に帰属するが(有権代理)、相手方が代理人の権限濫用の意図を知り、または知ることができた場合には、民法93条ただし書の類推適用によって代理行為が無効となるとする見解である。
この見解は、取引の安全のために代理行為を原則として有効であるし、ただ、相手方が代理人の権限濫用の意図につき悪意または有過失であることを本人が主張・立証した場合には、相手方を保護する必要がないので、代理行為を無効とすべきであると主張する。そのような結論を導くために、心裡留保に関する93条の規定を援用するのである。
しかし、代理人の権限濫用の場合には、代理人に代理行為の効果を本人に帰属させる意思があるのであるから、意思の不存在である心裡留保との構造的な類似点があるわけではない。
判例は、任意代理と法定代理のいずれの場合についても、93条ただし書を類推適用する(最判昭42.4.20―任意代理、最判平4.12.10―法定代理)。
〔参考〕代理権濫用の判例
(1) 最判昭42.4.20
Y会社の代理権を有する主任Aが、仕入商品を転売して差益を得る目的で、Y名義でXから商品を仕入れる契約をしたが、XはAの権限濫用の事実を知っていたという事案において、民法93条ただし書を類推して、本人YはAの行為について責に任じないと判示した。
(2) 最判平4.12.10
親権者Aが子Xを代理して子が所有する不動産を第三者Yの債務の担保に供したという事案である。一般論として親権の濫用について民法93条ただし書の類推適用を肯定したが、親権者の代理行為は、親権者と子との利益相反行為にあたらないかぎり、親権者の広範な裁量にゆだねられているとして、本件の行為は親権者による代理権の濫用にはあたらないと判示した。
(2) 無権代理説
代理人には本人の利益のために行動する義務(忠実義務)が存在するのであって、およそその義務に違反する代理行為は無権代理となると解する見解である。この見解によれば、相手方は表見代理が成立する場合にのみ、本人に対して責任を追及することができる。
この見解に対しては、①代理人の忠実義務は、本人と代理人との関係における内部的な義務にすぎず、相手方との関係で本人への代理行為の効果の帰属を否定する根拠にはなりえない、②代理人の権限濫用の意図といった主観的な事情は外部からはわかりにくく、そのような事情によって代理行為の効果帰属が左右されるのは取引の安全を害する、といった批判がなされる。
(3) 信義則説
相手方が代理人の権限濫用について悪意または重過失である場合に、信義則を根拠として、相手方は代理行為の有効性を本人に対して主張することができないとする見解である。この見解は、93条ただし書類推適用説と同様に代理行為の効力を問題とするのであるが、類推説が相手方の悪意または軽過失を効力否定の要件とするのに対して、相手方に重過失がないかぎり代理行為は有効であると主張する。
相手方が軽過失の場合は保護されることになり、それだけ相手方保護の範囲が広がることになるが、心裡留保の場合(相手方の軽過失を要件)とのバランスを失するという批判がある。
〔考察〕法定代理の場合における代理権濫用
上述のように、判例は、代理権の濫用に関して法定代理の場合と任意代理の場合とで区別せず、一律に民法93条ただし書を類推適用する立場である。これに対して、学説上は、法定代理の場合には本人保護を重視すべきであることを理由に、相手方保護の要件を厳格にしたり、全面的に効果不帰属としたりするなど、できるだけ本人が責任を負わないような解釈をする傾向がある。しかし判例は、逆に、法定代理における代理権濫用の認定そのものを厳しくする(前出最判平4.12.10)。
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