このページの最終更新日 2020年12月21日
所有権の取得時効に関する民法162条の要件を分析すると、次のようになる。
① 他人の物の占有であること
② 所有の意思をもって占有すること
③ 平穏かつ公然の占有であること
④ 一定期間(20年間または10年間)占有が継続すること
⑤ (10年の取得時効の場合)占有の開始時に善意かつ無過失であること
占有(せんゆう)とは、物に対する事実的支配をいう。
①の要件については、他人の物である必要はなく、自己の物についての取得時効の成立も認めるのが判例・通説である。
以下、①以外の要件について検討する。
(本サイトでは、所有権以外の財産権の取得時効(163条)の要件については割愛する。)
暫定真実(ざんていしんじつ)
民法186条1項は、「占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有するものと推定する」と規定している。この規定は、およそ占有の事実があるときは自主・善意・平穏・公然の占有であることが推定され、したがって、占有が他主、悪意、強暴または隠匿であることを主張するものがその証明責任を負うことを意味する。
このように、ある法律効果の要件事実とされていながら法律上その事実の存在が推定されており、その事実の不存在を主張する側がその証明責任を負うような場合を暫定真実と呼ぶ。
なお、無過失は推定されない(大判大8.10.13)。
所有の意思をもってする占有を自主占有(じしゅせんゆう)、所有の意思がない占有を他主占有(たしゅせんゆう)と呼ぶ。
所有権の取得時効は、占有が自主占有である場合にだけ成立する。
他主占有は、他人の所有物であることを前提とする占有であるから、地上権や賃借権などの取得時効は成立しうるが、所有権の取得時効は成立しない。
所有の意思の有無は、占有者の内心の意思ではなく、占有取得の原因(権原)または占有に関する事情によって外形的客観的に定められる(最判昭45.6.18)。
たとえば、権原が売買であれば所有の意思が認められるが、賃貸借であれば所有の意思は認められない。
権原は、正当であるか否かを問わない。つまり、無効な契約によって目的物を引き受けた者や他人の物を盗んだ者の占有であっても、所有の意思があるものと認められる。(もっとも、盗取による占有は公然の占有とはいえない。)
占有者の所有の意思は推定される(186条1項)。
したがって、占有者の占有が所有の意思がないものであることを主張する者がその証明責任を負う。
所有の意思の推定をくつがえすためには、①占有者の占有が他主占有権原によるものであることを証明するか、それができない場合には、②他主占有を基礎づける事情(他主占有事情)の存在*を証明しなければならない(最判昭58.3.24)。
*移転登記請求や公租公課負担の申出の有無、人間関係などの諸事情を考慮して総合的に判断する。
【判例】最判昭58.3.24
「占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情が証明されるときは、占有者の内心の意思のいかんを問わず、その所有の意思を否定し、時効による所有権取得の主張を排斥しなければならないものである。」
所有権の取得時効が成立するためには自主占有でなければならず、他主占有のままではいつまで経っても所有権の時効取得はできない。
民法185条は、占有の性質を他主占有から自主占有に変更する方法として、次の二つを定める。
① 所有の意思の表示
占有者が自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示する方法である(185条前段)。権利者の知らない間に取得時効が完成することを防ぐためである。
② 新たな権原の発生
新たな権原によって自主占有を始める方法である(185条後段)。
「新たな権原」(新権原)とは、典型的には、売買のような所有権移転を目的とする法律行為がこれにあたる。
新権原に関して主に議論されているのは、相続が新権原になるかという問題である。
相続は新権原になるか
他人の不動産を管理(他主占有)していた者が死亡してその相続人がその占有を相続により承継した場合、相続を新たな権原とする自主占有への転換を認めることができるかどうかが問題となる。
この問題に関して判例は、相続人が、被相続人の死亡により、同人の占有を相続により承継しただけでなく、①新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合で、②その占有が所有の意思にもとづくものであるときは、相続人は独自の占有にもとづく取得時効の成立を主張することができるとする(最判昭46.11.30)。
この場合において、相続人の占有が所有の意思にもとづくものであると主張するためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である相続人自らが、「その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情」を証明しなければならない(最判平8.11.12)。つまり、所有の意思の推定(186条1項)は働かない。
取得時効が成立するためには、時効期間中、「平穏に、かつ、公然と」占有が継続することが必要である。社会秩序をかく乱するような占有は、法的保護を受けるに適さないからである。
「平穏」とは占有が暴行や強迫(以前は「強暴」といった)によるものでないことであり、「公然」とは隠匿しないことである。いずれも推定される(186条1項)。
次の各文を読んで、その内容が正しければ〇、間違っていれば✕と答えなさい。
(1) 自主占有か他主占有かは、占有者の内心の意思とは関係なく、外形的客観的な事実ないし事情によって定まる。
(2) 新たな権原によりさらに所有の意思をもって占有を始めることによって、占有の性質を他主占有から自主占有に変更することができる。
(3) 平穏にかつ公然と占有を取得した場合には、後に強暴または隠匿の状態に変じても所得時効成立の妨げとならない。
(4) 取得時効の要件である占有の自主・平穏・公然・善意・無過失は推定される。
ヒント
(1) 最判昭45.6.18。
(2) 185条後段。
(3) 平穏かつ公然の占有状態は、時効期間中継続していなければならない。
(4) 無過失は推定されない(186条1項参照)。
(1) 〇
(2) 〇
(3) ✕
(4) ✕