このページの最終更新日 2019年4月8日
援用権者の範囲は、「時効によって直接利益を受ける者」(「正当な利益を有する者」)に限定される。
時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
〔下線部分は2017年改正により追加〕
時効を援用することができる者(援用権者)は誰か。145条は「当事者」であると表現していますが、その範囲が問題となります。
この点に関して判例は、「時効によって直接に利益を受ける者(およびその承継人)」という一般的基準を示すことによって「当事者」(援用権者)かどうかを判断しています(大判明治43.1.25)。
「直接利益を受ける者」の範囲は、当初、時効によって権利を取得する者(占有者)や時効によって消滅する債権の債務者に限定されていました。
しかしその後、学説の批判を受けて、その範囲を拡大しています。
そして、2017年(平成29年)の改正によって、従来の判例の基準と結論が145条の文言として取り込まれました。(「正当な利益を有する者」という表現は、判例の示す「直接利益を受ける者」の内実をより適切に表現するものであると説明されています。)
なお、援用権者が時効を援用したという事実は、援用権者以外の者であっても主張することができる。
債権の消滅時効の援用権者は、債務者(連帯債務者)、保証人(連帯保証人)、物上保証人、第三取得者などである。
時効によって消滅する債権の債務者(連帯債務者を含む)が145条の「当事者」であることは問題ありません。
また、同条は、当事者(援用権者)に含まれる「正当な利益を有する者」として、保証人(連帯保証人を含む)、物上保証人、第三取得者を例示列挙しています。
保証人(連帯保証人)、物上保証人および第三取得者は、従来判例によって「直接利益を受ける者」として援用権を認められていたのが、改正によって条文に取り込まれたものです。
保証人(連帯保証人)は、主たる債務が時効消滅することによって自己の保証債務も消滅するので(付従性)、主たる債務の消滅時効を援用することができます。
物上保証人(自己所有の不動産に他人の債務のための抵当権を設定した者)および第三取得者(担保権が設定された不動産を取得した者)は、被担保債権が時効消滅することによって、自己所有の不動産に対する担保権の実行を免れることができるので、被担保債権の消滅時効を援用することができます。
問題は、それら以外にどのような者が「正当な利益を有する者」に当たるかです。
判例上、援用権の有無が問題となったいくつかの例を挙げます。
① 仮登記担保権に劣後する抵当権者(最判平成2.6.5)
ある不動産に仮登記担保権が設定された後に、同一の不動産について抵当権の設定を受けた者は、仮登記にもとづく本登記がなされる過程で抵当権が抹消される関係にあります(不動産登記法109条)。
仮登記担保権者の予約完結権の消滅によって抵当権抹消を免れることができるので、予約完結権の消滅時効を援用することができます。
② 詐害行為の受益者(最判平成10.6.22)
ある債権の債務者が自己の財産を減少させる行為(詐害行為)をしたときにその財産を譲り受けた者は、債権者が詐害行為取消権を行使することによって詐害行為によって得た利益を失うという関係にあります。
詐害行為の受益者は、債権者の債権の消滅によって詐害行為によって得た利益の喪失を免れることができるので、その債権の消滅時効を援用することができます。
③ 後順位抵当権者(最判平成11.10.21)。
後順位の抵当権者は、先順位者の被担保債権が消滅することによって権利の喪失を免れるという関係にはなく、抵当権の順位上昇による配当額の増加という利益を受けるにすぎません。
判例は、後順位抵当権者は、先順位抵当権者の被担保債権の消滅時効によって直接利益を受ける者にあたらないとしています。
後順位抵当権者の場合も、先順位の権利者と後順位の権利者との実質的な利害対立であるという意味で、抵当不動産の第三取得者や仮登記担保権に劣後する抵当権者の場合と共通しています。
したがって、後順位抵当権者についてだけこれらの者と異なった扱いをすることについては、疑問の余地があります。
④ 一般債権者
Aは、Bに対して金銭債務を負っており、また、物上保証人としてA所有の土地にCのために抵当権を設定していた。Cの有する被担保債権について消滅時効が完成した場合、一般債権者BはCの被担保債権の消滅時効を援用することができるか。
一般債権者には、債務者の財産を責任財産とする債権の消滅時効について固有の援用権は認められません(大決昭和12.6.30)。
しかし、債務者が無資力であるときには、一般債権者は、自己の債権を保全するのに必要な限度で債務者の援用権を代位行使することができます(最判昭和43.9.26)。
所有権の取得時効については、目的物の占有者本人(および承継人)が援用権者となることは問題ありません。
問題は、不動産の借地権者など占有者以外の者が占有者の所有権の取得時効を援用することができるかどうかです。
Y所有の甲土地の上にAが乙建物を所有しており、乙建物をXがAから賃借していた。Aが甲土地の所有権を時効によって取得することができる場合、XはAの甲土地所有権の取得時効を援用することができるか。
判例は、建物賃借人Xは係争土地の取得時効の完成によって直接に利益を受ける者ではないとして、建物賃貸人Aの敷地所有権の取得時効を援用することはできないとします(最判昭和44.7.15)。
しかし、Aが敷地所有権を時効取得することによって、Xには乙建物の収去による賃借権の喪失を免れるという利益があると考えれば、Xの援用権を肯定することもできます。