このページの最終更新日 2020年12月14日
当事者が時効の利益を受ける意思を表明することを時効の援用(えんよう)という。
裁判所が時効にもとづいて裁判をするためには、時効が完成した(時効期間が満了した)という事実に加えて、当事者が時効を援用することが必要である(145条)。
これは、時効の利益をうけることを望まないで真実の権利関係を認めようとする当事者の意思を尊重する趣旨である。
時効を援用するか否かは、当事者の自由な判断(良心)に委ねられる。
その趣旨を貫けば、時効を援用することができる者(援用権者)が複数人いる場合であっても、時効の援用の効果は援用した者についてのみ生じ、援用しない他の者にはその影響が及ばないと解すべきである(通説)。
これを援用の効果の相対性(援用の相対効)と呼ぶ。
民法は、時効の完成によって権利を取得し、または、権利が消滅すると定める(162条、166条)。しかし一方で、当事者が時効を援用しないかぎり時効による裁判ができないとする(145条)。
これらの一見相反する規定どうしの関係をどのように説明すべきか(援用をどのように位置づけるか)が問題となり、古くからさまざまな学説が主張されている(時効学説)。
代表的な学説として、確定効果説・不確定効果説・訴訟法説(法定証拠説)がある。確定効果説と不確定効果説は、実体法説の立場である。
確定効果説は、時効の完成によって時効の効果(権利の取得・喪失)が確定的に生じ、当事者の援用は弁論主義*の要請にもとづく訴訟上の攻撃防御方法の提出にすぎないと主張する説である。
条文(162条・166条)の文言に忠実な解釈であり、民法起草者の見解でもあるが、時効の援用は単なる訴訟上の攻撃防御方法にとどまらないと解するべきである。
*当事者が主張した事実だけを裁判の基礎にしなければならないという原則。
不確定効果説は、さらに二つの説に分かれる。
① 解除条件説
時効の完成によって権利得喪の効果が一応は生じるが、当事者が時効を援用しないこと*によってその効果が遡及的に消滅する。つまり、援用しないことを時効の効力を消滅させる解除条件と考える。
*意思表示であるとはかぎらないので、時効利益の放棄と同じ意味ではない。
② 停止条件説(判例・通説)
時効が完成してもただちに権利得喪の効果が生じるものではなく、援用によってはじめて確定的に効果が生じる。つまり、援用を時効の効力発生の停止条件と考える。
解除条件説とくらべると、停止条件説のほうがわかりやすい。とくに、時効にかかった債務を履行した場合の説明が容易である。停止条件説が現在の判例(最判昭61.3.17)・通説となっている。
訴訟法説は、時効制度を純粋に訴訟法上の制度であるとし、援用を時効という法定証拠*を提出する行為であると解する。
訴訟法説は、実体的な権利変動を明記する民法の規定(162条・166条)と抵触する。
*裁判官の判断を法的に拘束する証拠という意味。時効が提出されれば、裁判官は権利の存在あるいは消滅を認定しなければならない。
裁判外の援用
援用の法的性質の捉え方によって、援用は裁判上でしかできないのか、それとも裁判外でもできるのか、見解が分かれる。
① 裁判外の援用否定説
確定効果説や訴訟法説の立場からは、援用は訴訟上の行為(攻撃防御方法または法定証拠の提出)であるので、その性質上、裁判上の援用だけができる。
② 裁判外の援用肯定説
不確定効果説に立てば、援用は実体法上の効果(権利得喪)を確定させる要件であるので、裁判外の援用も可能である。この立場からは、援用権者でない者であっても、裁判外の援用があったという事実を主張することができる。判例の立場である(大判昭10.12.24)。
次の各文を読んで、その内容が正しければ〇、間違っていれば✕と答えなさい。
(1) 時効の援用は、時効利益の享受を当事者の良心的判断に委ねるものである。
(2) 一つの債権について債務者が数人いる関係においては、時効を援用した債務者についてだけ債権の消滅という効果が生じる。
(3) 判例は、時効の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずると解する。
ヒント
(1) 時効の援用についての145条は、当事者の良心に配慮した「良心規定」であるといわれる。
(2) 時効の効果の相対性により、債権者は時効の援用をしないほうの債務者に対して債権の履行を請求することができる。
(3) 停止条件説、最判昭61.3.17。
(1) 〇
(2) 〇
(3) 〇