このページの最終更新日 2015年12月26日
取消しとは、一定の事由が存在する場合において、一応は有効なものとして扱われる法律行為(意思表示)を取消権者の意思表示によって遡及的に無効とすることを言う。取消しをする権利(取消権)は、形成権の一種である。
制限行為能力者が行った法律行為は、一応は有効なものとして扱われるが、一定の者(取消権者)が取り消すことによって、はじめにさかのぼって無効となる。詐欺・強迫による意思表示についても同様である。
取消しは、一定の者(表意者)を保護するために認められる制度である。したがって、取消しができる者(取消権者)の範囲は限定されており、また、取消権を放棄(追認)することによって法律行為を有効なものに確定することができる。そして、表意者の保護に優先すべき一定の事情が生じた場合(法定追認、時の経過)には、取消権は消滅する。
〔解説〕形成権とは
形成権とは、一方的な意思表示によって法律関係を変動させることができる権利を言う。形成権の好例は取消権や解除権であるが、そのほかにも、代金減額請求権(563条1項)、地代等増減請求権(借地借家法11条1項)、建物買取請求権(同法13条1項)などがこれに属する。
ここで取り扱うのは、民法120条以下の規定が適用される取消し、すなわち、行為能力の制限および詐欺・強迫を理由とする取消しである。それ以外は、条文上「取消し」という表現が用いられていても、120条以下の規定は適用されない。
〔参考〕総則規定が適用されない「取消し」
条文上「取消し」と表記されているが、総則の取消しに関する規定が適用されないものとして次のようなものがある。
(1) 意思表示でないものの取消し(民法6条2項、10条、14条、18条、32条等)
(2) 無権代理行為の取消し(115条)、詐害行為の取消し(424条1項)、夫婦間の契約の取消し(754条)
(3) 身分行為の取消し(743条以下、803条以下等)
〔考察〕取消しと撤回
取消しと似ているが区別される概念に撤回がある。取消しは、法律行為に一定の瑕疵がある場合にすでに発生している法律行為の効力を消滅させるものである。これに対して、撤回は、法律行為の効力が発生する前に当事者の意思によって意思表示をなかったものにすること、あるいは、瑕疵のない法律行為の効力を消滅させることと定義される。
民法上、撤回の語が用いられている例として、407条2項、521条1項、524条、530条、540条2項、550条、919条1項、989条1項、1022条などがある。しかし、撤回の定義が上述のようなものであるとすると、115条の「取消し」や1027条の「取消し」も本当は撤回と表記するのが正しいことになる。
行為能力の制限を理由とする取消しの場合の取消権者は、①制限行為能力者、②代理人、③承継人、④同意をすることができる者である(120条1項)。
(1) 制限行為能力者本人
まず、法律行為をした制限行為能力者本人が単独で取り消すことができる。取消し自体が法律行為の一種であるが、取り消すことができる取消しになるわけではない。取消しは原状に戻すことであるから、制限行為能力者にとって特別に不利益となるものではない。成年被後見人であっても単独で取り消すことは可能であるが、取消時に意思能力が回復している必要がある。
(2) 制限行為能力者の代理人または同意権者
この場合の代理人には、未成年者や成年被後見人の法定代理人(親権者、後見人)のほかに、取消権行使の代理権が付与された保佐人や補助人も含まれる。同意権者は、保佐人のほか、補助人も同意権を付与されているときはこれに含まれる。
(3) 制限行為能力者の承継人
承継人の好例は相続人である。その他、包括受遺者(包括承継人)、契約上の地位を譲り受けた者(特定承継人)がある。
包括承継人とは、他人の法律上の地位をすべて一括して承継する者であり、相続人や包括受遺者がこれにあたる。これに対して、特定承継人とは、他人の特定の権利あるいは地位を承継する者を指す。
承継人は、包括承継人および特定承継人である。包括承継人は、相続人・包括受遺者のほか、合併における存続会社が含まれる。特定承継人の場合、取消権を行使できる承継人であると言えるためには、目的物の権利を譲り受けるだけでは足りず、取消権または契約上の地位そのものを承継した者でなければならない。
詐欺または強迫を理由とする取消しの場合の取消権者は、①瑕疵ある意思表示をした者、その②代理人または③承継人である(120条2項)。
代理人には、法定代理人のほか、取消権行使の権限をもつ任意代理人も含まれる。
取消しは、行為の相手方に対する一方的な意思表示によって行う(123条)。つまり、取消しは、相手方のある単独行為である。取消しの意思表示には、なんらの方式を必要としない。
取消しは、行為の相手方に対してしなければならない。たとえば、Aが詐欺によってBに土地を売却した後に、Bがその土地をCに転売したという場合、Aはその土地を取り戻すために取消しの意思表示を売買契約の相手方であるBに対してしなければならない。Bに対して取消しの意思表示をせずに、直接、第三者Cに対して取消しの効果を主張することはできない。
取り消された法律行為(意思表示)は、当初から無効であったものとみなされる(121本文)。これを遡及的無効と呼ぶ。その結果、法律行為から生じた権利・義務がはじめにさかのぼって消滅し、取消し前に履行がなされていたときには、利益を得た当事者はその利益を返還する義務が生じる(703条・704条)。
行為能力の制限および強迫を理由とする取消しは、すべての第三者に対して主張することができる(第三者保護規定が存在しない)。これに対して、詐欺を理由とする取消しは、善意の第三者に対抗することができない(96条3項)。
〔解説〕不当利得の返還義務(703条・704条)
法律上の原因がないのに、他人の財産・労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼすことを不当利得と言う。衡平上、不当利得による受益者は、受領した利益を返還しなければならないが、受益者(返還義務者)の知・不知によってその返還の範囲が異なる。善意の受益者は、「利益の存する限度において」返還する義務を負う(703条)。しかし、悪意の受益者は、受けた利益に利息を付して返還しなければならず、さらに損害賠償責任を負う(704条)。
〔参考〕取消しによる利得返還義務と同時履行の関係
双務契約の取消し前に両当事者がそれぞれの債務を履行していた場合、いずれの当事者も利得返還義務を負うが、それらの義務は同時履行の関係に立つ(最判昭28.6.16―未成年者の取消し、最判昭47.9.7―詐欺による取消し)。
法律行為にもとづいてなされた給付は、法律行為の取消しによって法律上の原因を欠き、不当利得となる。受益者は民法703条・704条の規定により返還義務を負うのが原則であるが、民法は制限行為能力者を保護するための特則を置く。民法121条ただし書は、制限行為能力者は取り消された行為によって「現に利益を受けている限度において」返還の義務を負うと定める。
「現に利益を受けている限度」とは、利益がそのままあるいは形を変えて残っている場合のほか、それを消費することによって他の財産の減少を免れた場合をも含む。たとえば、受領した金銭を生活費や債務の弁済などの必要な支出に充てた場合は現存利益がある(大判昭7.10.26)。しかし、ギャンブルなどで無駄に浪費してしまった場合には現存利益はない(大判昭14.10.26)。
「現に利益を受けている限度」は、703条の「利益の存する限度」と同じ意味であると解されており、現存利益(現受利益)と呼ばれる。悪意の受益者はすべての利益を返還しなければならないとするのが不当利得の一般原則(704条)であるが、121条ただし書により、制限行為能力者であれば、悪意であっても、現存利益の返還で足りる。
〔参考〕現存利益の証明責任
703条の場合、利益が現存しないことの証明責任は受益者が負う(最判平3.11.19)。121条ただし書の場合にも、制限行為能力者が現存利益がないことの証明責任を負うと解されている。この点に関して、準禁治産者(浪費者)の相手方(返還請求権者)が現存利益があることの証明責任を負うとした判例がある(前掲昭14.10.26)。しかし、これは浪費者という特殊な者(浪費者は浪費するのが通常である)に関する判例であって、一般的に相手方が証明責任を負うと判示したものと解することはできない。