このページの最終更新日 2020年11月14日
民法は、総則編において、「人」「法人」という権利の主体に関する規定(第2章・第3章)に続けて、「物」*に関する規定を置く(第4章)。
* 「物」はふつうモノと読むが、法実務上は、「者」「もの」との混同を避けるためにブツと読むことが多い。
民法は、「物」を有体物であると定義しており(85条)、物権の客体として位置付けている。
民法における「物」は物権の客体を指すのであるから、それに関する規定は物権編に置かれるべきであると考えることもできる。しかし、民法はより一般的なルールを扱う総則編のなかにその規定を置いた。
なお、物権の客体は物(有体物)だけにかぎられない。たとえば、権利質のように権利の上に成立する物権や、区分地上権(269条の2)のように空間の上に成立する物権もある。
「物」は、所有権(物権)*の客体となるのに適したものでなければならない。そのためには、次のような性質を備えている必要がある。
* 物権には所有権以外にも種類があるが、所有権以外の物権は所有権の権能の一部をその内容とする。それゆえ、物権は所有権を中心に論じられることになる。
① 有体性
② 支配可能性
③ 非人格性
④ 特定性
⑤ 独立性
⑥ 単一性
上記の要件のうち、独立性と単一性の要件については、ページを改めて説明する。⇒一物一権主義
民法は、「物」を有体物であると定義する(85条)。有体物とは、空間の一部を占める物質(有形的存在)をいう。自然エネルギー(電気・熱・光など)やアイデア・創作などは、無体物と呼ばれ、有体物と区別される。
民法が所有権の客体である「物」を物理的に限定したのは、所有権の効力が及ぶ範囲を明確にするためである。
(1) 生体の場合
近代法は個人の尊厳を基本原理とするから(2条参照)、生きている人間の身体(生体)を所有権の客体とすることは許されない(非人格性)。この意味で、物は、「外界の一部」でなければならない。
もっとも、人体の一部分が分離されたときには、所有権の客体となると解されている。たとえば、毛髪を目的物とする売買契約は有効である。
しかし、臓器、血液などを取引の対象とすることは禁じられている(臓器の移植に関する法律11条、安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律16条)。配偶子(卵子・精子)・凍結受精卵についても生命倫理上の問題がある。
(2) 遺体の場合
生体と異なり、遺体や遺骨は所有権の客体となると解されている。ただし、その所有権は埋葬管理および祭祀供養という目的によって制約されており、所有権の放棄は認められない(大判昭2.5.27)。
遺体・遺骨の所有権者となるのは誰かが問題となる。
この点に関して、判例は、遺骨の所有権は相続人に帰属するとしていた(大判大10.7.25)。しかし、第二次大戦後、祭祀財産につき祭祀主宰者の特別承継(897条)が定められ、遺骨は祭祀主宰者に帰属するとした判例もあらわれている(最判平元.7.18)。
学説上、相続人に帰属すると主張する説と、喪主ないし祭祀主宰者に帰属すると主張する説とがあるが、後者が有力である。
近年、死体からの臓器移植や研究目的の寄贈などに関して、その法的構成や、遺族・相続人にどのような権利があるのかが議論されている。
所有権(物権)は排他的権利であるから、その客体である「物」は人による排他的支配が可能なものでなければならない(支配可能性)。天体のように人間の支配が及ばないものや、大気・海洋のように誰でも自由に利用できるものは、支配可能性が認められないので「物」にはならない。
海(海面下の土地)については、公共用物*であってそのままでは所有権の客体とはならないが、一定区画部分の公用を廃止して私人の所有に帰属させる立法的措置をとることも可能である(最判昭61.12.16)。
* 一般公衆の共同使用に供される物。公園・道路・河川など。
〔判例〕最判昭61.12.16
「海も、……その性質上当然に私法上の所有権の客体となりえないというものではなく、国が行政行為などによつて一定範囲を区画し、他の海面から区別してこれに対する排他的支配を可能にした上で、その公用を廃止して私人の所有に帰属させることが不可能であるということはできず、……かかる措置をとつた場合の当該区画部分は所有権の客体たる土地に当たる」
所有権の客体は特定していることを要する。客体となる物が特定しないかぎり排他的支配を及ぼすことはできないからである。これを特定性の原則と呼ぶ。
たとえば、ペットボトル水一箱をネット上で注文した場合、売買契約は有効に成立するが、具体的に在庫中のどの商品が注文主に配送されるかが決まるまで所有権は成立しない。
次の各文を読んで、その内容が正しければ○、間違っていれば✕と答えなさい。
(1) 「物」は、物権の客体であって、債権の客体ではない。
(2) 民法の「物」は、無体物をふくむ広い概念である。
(3) 人は、自分の身体に対する所有権を有する。
(4) 「物」は支配可能性を要件とするから、海が所有権の客体となることはありえない。
(5) 所有権の客体としての物は、特定していなければならない。
ヒント
(1) 債権の客体は、特定人の行為(給付)であって「物」ではない。
(2) 民法の採用した「物」概念は、有体物だけに限定された狭い概念である。
(3) 所有権の客体は、人格性を有しないことを要する。たとえ本人であっても、自分の身体に対する所有権を有するわけではない。人の身体は、所有権ではなく人格権によって保護される。
(4) 海であっても、一定範囲部分の公用を廃止して所有権の客体とすることが可能である(最判昭61.12.16)。
(5) 物権の客体は特定していることを要する。
正解
(1) 〇
(2) ✕
(3) ✕
(4) ✕
(5) ○