物権の発生、変更および消滅をまとめて物権変動といいます。
物権変動は、物権の主体から見れば、物権の得喪変更(取得・喪失・変更)と言いかえることができます。これらについて分説します。
(1) 物権の取得
当事者が新たに物権の主体になることです。
物権の取得には、原始取得と承継取得の2種類があります。
(a) 原始取得
他人の権利にもとづかずに権利を取得することです。
無主物先占(239条)のような新しい権利の取得はもちろん、時効取得(162条)や即時取得(192条)のように他人の物を取得する場合にも、その他人(前主)の下での瑕疵や負担を承継しません。
(b) 承継取得
他人の権利にもとづいて権利を取得することです。前主の下での瑕疵や負担もあわせて承継します。
承継取得には、売買や相続のように前主の権利をそのまま移転する場合(移転的承継)と、地役権や抵当権の設定のように新たに権利を設定する場合(設定的承継)とがあります。
(2) 物権の喪失
当事者が物権の主体でなくなることです。
目的物の滅失のように物権そのものが消滅する場合(絶対的喪失)のほか、売買や時効取得などによって物権の主体が変更する場合も一方の当事者から見ると物権を失うことになります(相対的喪失)。
(物権自体の消滅については、ページを改めて解説します。)
(3) 物権の変更
物権の主体は変わらぬまま、建物の増築のように物権の客体が変更したり、地上権の期間延長のように物権の内容が変更したりすることです。
(物権そのものから見ると、その主体の変更も物権の変更といえます。)
物権変動を生ずる原因はさまざまですが、大別すると、法律行為にもとづくものとそれ以外の原因にもとづくものとに分けることができます。前者には、売買契約や抵当権設定契約、遺言などがあります。後者には、時効や即時取得、無主物先占、遺失物拾得、目的物滅失、混同などがあります。
物権取引の安全を図るための基本原則である公示の原則と公信の原則について見ていきましょう。
物権はさまざまな原因によって変動しますが、物権は排他性のある強力な権利であるので、その取引の安全を図るための特別な工夫が必要になります。
(1) 公示の原則とは
権利の現状を外部から認識しうる状態にすることを公示といい、公示のために用いる方法を公示方法といいます。
権利それ自体は目に見えないから、その現状を知らずに取引に入った第三者が思いがけない不利益(不測の損害)を受けるおそれがあります。とりわけ物権は排他性を有するので、その傾向は顕著です。
それゆえ、取引の安全を図るために、なんらかの方法によって物権の現状を外部から容易に認識することができる状態にしておくこと(物権変動の公示)が要請されます。
さらに進んで、近代法においては、単なる公示の要請にとどまらず、公示をともなわない物権変動は多かれ少なかれその効力を否定されるという原則を採用しています。これを公示の原則といいます。
公示方法は、物権の客体の種類に応じて異なります。
不動産の場合は登記です(土地・建物は不動産登記、立木は立木登記)。動産の場合は原則として引渡し(占有移転)ですが、船舶・航空機・自動車などについてはそれぞれの登記・登録制度が公示方法となります。また、樹木・未分離果実(農作物)については明認方法が公示方法として認められています。
(2) 対抗要件主義
公示の原則の下では公示のない物権変動には完全な効力が与えられませんが、その程度について次のように二つの立法主義があります。
(a) 成立要件主義
公示がなければ物権変動が成立しない(成立要件)とする立法主義です。代表例はドイツ民法。
(b) 対抗要件主義
物権変動は当事者間では有効に成立するが、公示がなければ第三者に対してそれを主張することができない(対抗要件)とする立法主義です。代表例はフランス民法。
日本民法は、不動産に関する177条および動産に関する178条が、公示をともなわない物権変動は「第三者に対抗することができない」と定めており、対抗要件主義を採用しています。
民法176条は、物権変動は当事者の意思表示のみで効力を生ずると定めています(意思主義)。これは、当事者間にかぎり、公示がなくても物権変動の効力を主張することができることを意味します。第三者に対する関係では、上述したように177条・178条の対抗要件主義が適用されます。このように、物権変動の効力を当事者間と対第三者間とで分けて判断するのが、意思主義・対抗要件主義の特徴です。
公示の原則は、公示の内容と異なる物権変動が存在しないという消極的な信頼を保護するための原則です。
これに対して、公示の内容どおりの物権変動が存在するという積極的な信頼を保護するための原則が公信の原則です。
(1) 公信の原則とは
公示(と見られる外形的事実)は、その内容がつねに真実の権利関係と合致しているとは限りません。公示によって権利を有すると思われる者が、実際には権利者ではない場合もありえます。
そのような場合、誤った公示を信頼して取引をした者が、相手方が実は無権利者であるから権利を取得できないとなると、取引の安全を著しく害することになります。
そこで近代法は、物権取引に関して、真実の権利関係と異なる公示が存在する場合に、その公示を信頼して取引をした者に対して公示どおりの権利の存在を認めることを基本原則としました。
これを公信の原則といい、また、公示のこのような効力を公信力といいます。
公示に公信力が認められる結果、取引をした者は、たとえ相手方が無権利者であったとしても保護されて権利を取得することができます。その一方で、真実の権利者は権利を失うことになります。
(2) 公信の原則が認められる範囲
公信の原則を認めることによって、たしかに物権取引の安全を図ることはできます。しかしその反面、真実の権利者の利益を犠牲にすることになるので、どの範囲にまで公信力を認めるべきかが問題となります。
この点について日本民法は、次のように定めています。
(a) 動産の占有には公信力がある
動産の貸し借りなどによって動産の所有者と占有者が異なる場合に、単なる占有者を正当な所有者であると誤信して取引した者は、無権利者との取引であるにもかかわらず、動産について完全な権利を取得することができます(192条)。
これを即時取得または善意取得といいます。動産の占有(引渡し)に対して公信力を認めたものです。
盗品や遺失物(失くし物)に関しては、即時取得に制限があります(193・194条参照)。
(b) 不動産の登記には公信力がない
不動産の登記には、動産に関する192条のような規定は存在しません。つまり、民法の条文の上では、登記には公信力が認められていません。
その結果、真実と異なる登記(不実登記)を信頼して取引をした者は、第三者を保護する規定(94条2項、96条3項など)が存在しないかぎり、保護されないのが原則です。
しかし実際には、94条2項を類推適用することによって不実登記を信頼した第三者の保護が図られています(最判昭和45.7.24など)。
次の文章のかっこ内に当てはまる語を、後のア~オから選んで答えなさい。
物権の排他性から、物権の変動には公示が要求され、公示のない物権変動の効力は否定される。これを( ① )という。ドイツ民法のように、公示を物権変動の( ② )とする立法例もあるが、わが国の民法はフランス民法にならい、公示を物権変動の( ③ )とする。
また、公示を信頼して無権利者と取引した者に対しては、公示どおりの権利の存在が擬制される。これを( ④ )といい、公示の有するこのような効力を( ⑤ )という。我が国の民法は、動産に関しては即時取得制度を設けてこれを認めるが、不動産に関しては同様の規定が存在しない。このような違いは、一般に動産は頻繁に取引されて流通するものであることから動的安全が強く要求されるが、不動産は比較的重要な財産であるから静的安全が重視されること、および、現状の不動産登記制度に( ⑤ )を与えるのは不適当であることなどを理由とする。
ア 公信力 イ 公示の原則 ウ 対抗要件 エ 公信の原則 オ 成立要件
【正解】
① イ
② オ
③ ウ
④ エ
⑤ ア