錯誤

意思表示民法総則

錯誤とは何か

錯誤(さくご)とは、表意者の事実誤認や不注意などにより、不本意な意思表示をすることをいいます。錯誤は、現行法で「瑕疵ある意思表示」として位置付けられています(120条2項参照)。

錯誤は、意思表示の形成過程のどこでそれが生じたかによって、表示の錯誤と動機の錯誤とに分類することができます。

① 表示の錯誤

表示の錯誤とは、意思表示に対応する意思を欠く錯誤をいいます(95条1項1号)。効果意思を外部に表示する過程で表示行為と効果意思との間に食い違いが生じた場合です。

表示の錯誤には、言い間違いや誤記の場合(表示上の錯誤)と、表示の意味内容を誤解する場合(内容の錯誤)とがあります。たとえば、ドルと間違えてユーロと書く場合が前者であり、ドルとポンドを同価値であると誤解して、1万ドルのつもりで1万ポンドと表記してしまった場合が後者です。

② 動機の錯誤

動機の錯誤とは、法律行為の基礎とした事情についての認識が真実に反する錯誤をいいます(95条1項2号)。意思と表示の不一致はないけれども、意思表示にいたる動機に関して誤信・思い違いがあった場合です。

たとえば、駄馬を受胎馬と誤信して購入したというように契約の目的物の性状に関して思い違いをしていた場合や、他に連帯保証人が存在すると信じて保証契約を結んだが実際にはいなかったというように契約内容そのものではなく契約締結にいたった前提事情に関して思い違いがあった場合がこれに当たります。

錯誤の構造
錯誤の構造

錯誤による意思表示の効力

効力否定の要件(95条1項)

錯誤による意思表示は表意者を保護するためにその効力を否定するべきですが、どのような錯誤であっても効力を否定してしまうと取引の安全を害することになります。

そこで、民法95条1項は、錯誤による意思表示の効力を否定するための要件として、次の二つを定める*。

95条1項の要件
① 錯誤にもとづき意思表示がされたこと(主観的な因果関係の存在)

② 錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものであること(客観的な重要性の存在)

たとえば、ある絵画の贋作を真作と勘違いして購入したという場合、表意者がその絵画を贋作であると知っていたなら買うという意思表示をしなかったであろうから、主観的な因果関係が認められる。そして、真作か贋作かについての錯誤は契約の内容や社会通念に照らして客観的な重要性も認められる。したがって、贋作を真作と勘違いした錯誤による意思表示は、95条の適用対象となる⁑。

*2017年改正前の95条は、「法律行為の要素」に錯誤があること(要素の錯誤)を錯誤無効の要件としていた。

⁑もっとも、絵画の真贋についての錯誤は一般には動機の錯誤であるので、後述する95条2項の要件をも満たす必要がある。

  • 要素の錯誤の具体例
  • ①契約主体に関する錯誤
  • ・保証契約における主債務者が別人であった事例(大判昭9.5.4)
  • ・買主が国ではなく財団法人だった事例(最判昭29.2.12)
  • ・代金債権と相殺するつもりが買主が債権者でなかった事例(最判昭40.10.8)
  • ②契約目的物に関する錯誤
  • ・受胎馬のつもりが駄馬だった事例(大判大6.2.24)
  • ・和解における代物弁済契約の目的物のジャムが粗悪品であった事例(最判昭33.6.14)
  • ・贋作を真作と信じた事例(最判昭45.3.26)
  • ③契約の前提事情に関する錯誤
  • ・財産分与に伴う課税について誤解し、自己に課税されないことを前提に財産分与契約の意思表示をしたという事案(最判平元.9.14)

錯誤の効果―取消し

上述の要件を満たす錯誤による意思表示は、取り消すことができる(95条1項)*。

錯誤取消しによって相手方に意思表示が有効であると信じたことによる損害が発生したときは、相手方から表意者に対して(信頼利益の)損害賠償を請求する余地がある。

*2017年改正前は、錯誤の効果は「無効」と定められていた。しかし、自らの不注意に起因する錯誤よりも表意者の帰責性が小さいはずの詐欺の効果が「取消し」となっていることとのバランスから(取消しには期間制限がある)、錯誤の効果も「取消し」に改められた。

動機の錯誤の要件(95条2項)

動機の錯誤による意思表示の場合、動機となった事情が法律行為の基礎(前提)とされていることが表示されていたときにかぎり、その意思表示を取り消すことができる(95条2項)。表示は、明示的なものだけでなく、黙示的であってもよいと解される。

たとえば、財産分与に伴う課税ルールについて誤解し、表意者が自己に課税されないことを当然の前提に財産分与契約の意思表示をしたという場合には、自己に課税されないという事情を財産分与の基礎としたことを相手方に説明するか、または、黙示的に表示したといえるときにかぎり、その意思表示を取り消すことができる。

錯誤取消しの主張の制限

表意者の重過失

民法95条3項は、錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、意思表示の取消しをすることができないと定める*。

「重大な過失」(重過失)とは、ふつうの人なら錯誤に陥ることがないのに、著しく不注意であったために錯誤に陥ったことをいう。

錯誤に陥った者にはふつう過失が認められるが、その程度が著しいときには表意者を犠牲にして相手方を保護するという趣旨である。

*相手方からの契約履行の請求に対して、表意者が錯誤取消しを主張する(抗弁)。さらに、それに対する反論として相手方が表意者の重過失を主張する(再抗弁)。したがって、表意者に重過失があることの主張・立証責任は相手方にある。

相手方の悪意または重過失

錯誤に陥ったことにつき表意者に重過失がある場合であっても、相手方が表意者に錯誤があることを知り、または重大な過失によって知らなかったときは、錯誤による取消しは制限されない(95条3項1号)。

相手方が錯誤について悪意または重過失であったときにまで、表意者を犠牲にして相手方を保護する必要がないからである。

共通錯誤

相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていた場合を共通錯誤という。

たとえば、買主と売主がともに目的の絵を真作と信じて売買契約を結んだが、それが実は贋作であったという場合がこれに当たる。

錯誤に陥ったことについて表意者に重過失があったとしても、相手方も同じ錯誤に陥っていたのであるから、相手方には保護すべき正当な利益があるとは言い難い。

したがって、この場合にも錯誤による取消しは制限されない(95条3項2号)。

参考
電子消費者契約における特例

電子消費者契約(いわゆる電子商取引)におけるボタンの押し間違えは表示の錯誤に当たるが、重大な過失と認定される可能性がある。そこで、電子消費者契約においては、消費者が誤操作によってその意思に反する申込みまたは承諾の意思表示をした場合には95条3項が適用されない(常に錯誤取消しが主張できる)という特例が設けられている。ただし、事業者が消費者の意思の有無について確認を求める措置を講じた場合などには、同規定の適用は排除されない(電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律3条)。

第三者との関係

錯誤による意思表示の取消しは、善意かつ無過失の第三者に対抗することができない(95条4項)。錯誤による意思表示を信頼した第三者を保護する趣旨である。

虚偽表示における第三者保護要件(善意)とのバランスを考慮して、表意者の帰責性がより小さい錯誤においては、第三者の信頼が保護されるための要件として無過失であることまでが要求されている。

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