無効と取消しの異同

民法総則無効・取消し

法律行為の効力の否定

法律行為に一定の瑕疵がある場合、その法律行為の効力が否定される。民法は、法律行為の効力を否定するしかたとして、無効取消しの二つを用意している。

無効原因・取消原因

無効原因または取消原因となる法律行為*の瑕疵には、次のようなものがある。

* 法律上は、「法律行為」の無効・取消しを定めるもの(3条の2・5条など)と、「意思表示」の無効・取消しを定めるもの(93条・95条など)とがあるが、一般には両者を区別しない。

  1. 無効原因
    • 意思無能力(3条の2)
    • 公序良俗違反(90条)
    • 強行規定違反(90条・91条)
    • 心裡留保において相手方が悪意または有過失の場合(93条1項ただし書)
    • 虚偽表示(94条1項)
    • 特殊な条件(131条~134条)
    • 法律行為の内容が不確定である場合
  2. 取消原因*
    • 行為能力の制限(5条2項、9条本文、13条4項、17条4項)
    • 錯誤(95条1項)
    • 詐欺・強迫(96条1項)

* 総則の取消しに関する規定(120条以下)が適用される取消しは、上記を原因とするものにかぎられる。それ以外は、条文上「取消し」という表現が用いられていても、総則の取消しに関する規定は適用されない(無権代理行為の取消し(115条)、詐害行為の取消し(424条1項)、身分行為の取消し(743条以下、803条以下等)など)。

無効と取消しの比較

無効は、法律行為の効果が最初から当然に*生じない取消しは、法律行為の効果が一応は発生するが、取り消されることによって初めにさかのぼって効果が発生しなかったことになる(121条)。

* 特定人の行為を必要としないという意味。

無効な法律行為は法律上当然に無効であるので、誰でもいつでも無効を主張することができる。これに対して、取り消すことができる法律行為は、特定人(取消権者)だけが取消しを主張することができ(120条)、その主張期間にも制限がある(126条)

無効な法律行為は、原則として追認すること(さかのぼって有効とすること)ができない。しかし。取り消すことができる行為は、追認すること(確定的に有効とすること)ができる(122条)。

無効取消し
行為の効果最初から当然に生じない。一応は有効だが、取消しによって遡及的に無効となる(遡及的無効、121条)。
主張権者誰でも主張可能特定人のみ主張可能(120条)
主張期間なし(いつでも主張できる)追認可能時から5年、行為時から20年(126条)
追認の可否不可(119条)可能(122条)
無効と取消しの比較
無効と取消しの二重効

たとえば、成年被後見人が意思無能力の状態で法律行為をした場合や、強迫によって公序良俗違反の法律行為をした場合のように、ある法律行為が無効と取消しの両方の要件を満たす場合がありうる。

このように無効と取消しとが競合するような場合に、両者の関係をどのように捉えるべきか。論理的には、無効な行為を取り消すことはできないから、無効しか認められないと考えることができそうである。

しかし通説は、無効・取消しという概念は自然的存在ではないという理由で、無効と取消しのいずれの要件も満たす場合には、いずれかを選択的に主張することができるものと解している。これを無効と取消しの二重効と呼ぶ。

無効・取消しによる法律関係の清算

無効または取消しによって法律行為の効力が否定されると、その法律効果である権利・義務は初めから発生しなかったことになる。

その結果、法律行為の当事者は、まだ債務を履行していない場合は相手方からの履行の請求を拒むことができ、すでに債務を履行していた場合は相手方に対して給付した物の返還を請求することができる。

原状回復義務

法律行為にもとづいてなされた給付は、その法律行為が無効となることによって法律上の原因を欠き、不当利得となる。

そのため、無効な法律行為にもとづく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に回復させる義務(原状回復義務)を負う(121条の2第1項)*。

* 不当利得の受益者は703条・704条の一般規定によって返還義務を負うのが原則であるが、契約関係を巻き戻す場合に適用される特則として121条の2が置かれている。

売買契約の当事者双方がそれぞれの債務(代金支払債務・目的物引渡債務)を履行した後にその契約が取り消されて遡及的に無効となった場合、支払われた代金や引き渡された目的物を相互に相手方に返還しなければならない。

現受利益の返還義務

給付受領の時に無効原因・取消原因を知らなかった無償行為*の当事者や、行為当時に意思無能力者または制限行為能力者であった者⁑は、無効の行為によって「現に利益を受けている限度」で返還義務を負う(121条の2第2項3項)。

* 贈与・使用貸借のように対価的給付をしない法律行為のこと。
⁑ 意思無能力者・制限行為能力者であった者は無効原因・取消原因を知っていた場合(悪意)でも121条3項によって保護され、返還義務が軽減される。

「現に利益を受けている限度」(現受利益)*には、利益がそのままあるいは形を変えて残っている場合のほか、それを消費することによって他の財産の減少を免れた場合も含まれる。たとえば、受領した金銭を生活費や債務の弁済などの必要な支出に充てた場合は現受利益となる(大判昭7.10.26)。しかし、ギャンブルなどで浪費してしまった場合には現受利益とならない(大判昭14.10.26)。

* 703条の「利益の存する限度」(現存利益)と同じ意味である。

原状回復義務の同時履行

無効な契約にもとづいて当事者の双方がそれぞれの債務を履行していた場合、いずれの当事者も原状回復義務を負うが、それらの義務は同時履行の関係に立つ(最判昭28.6.16―未成年者の取消し、最判昭47.9.7―詐欺による取消し)。

不当利得の返還義務(703条・704条)

法律上の原因がないのに他人の財産・労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼすことを不当利得という。

不当利得による受益者は、受領した利益を返還しなければならないが、法律上の原因がないことを知っていたか否かによってその返還の範囲が異なる。

善意の受益者は、「利益の存する限度において」返還する義務を負う(703条)。しかし、悪意の受益者は、受けた利益に利息を付して返還しなければならず、さらに損害賠償責任を負う(704条)。

703条の場合、利益が現存しないことの証明責任は受益者が負う(最判平3.11.19)。

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