取消し

民法総則無効・取消し

取消しとは

取消しとは、一定の事由が存在する場合*に、一応は有効なものとして扱われる法律行為を取消権者の意思表示によって行為当初までさかのぼって無効とすることをいう。

* ①行為能力の制限、②錯誤、③詐欺・強迫の三つ。

取消しは、一方的な意思表示によってその効果(遡及的無効)を生じさせるものである。つまり、取消しは単独行為であり、取り消すことができる権利(取消権)は形成権である。

撤回

取消しと似ているが区別すべき概念に撤回がある。

撤回とは、意思表示をした者がその意思表示の効力を将来に向かって消滅させることをいう。取消しと違って、撤回をするには取消原因のような理由を必要としない。

民法上、撤回の語が用いられている例として、407条2項、523条1項、525条1項2項、530条、540条2項、919条1項、989条1項、1022条などがある。

取消権者

取消しは意思表示をした者(表意者)を保護するための制度であるから、取消すことができる者(取消権者)の範囲が限定されている。

行為能力の制限を理由とする場合の取消権者は、①制限行為能力者*、その②代理人⁑、③承継人⁂、④同意権者である(120条1項)。

* 意思表示をした制限行為能力者本人が単独で取り消すことができ、取り消すことができる取消しにはならない。成年被後見人であっても単独で取り消すことは可能であるが、取消時に意思能力が回復している必要がある。
⁑ 未成年者や成年後見人の法定代理人(親権者、未成年後見人、成年後見人)のほか、取消権行使の代理権が付与された保佐人や補助人、取消権行使の権限をもつ任意代理人も含まれる。
⁂ 相続人、包括受遺者などの包括承継人のほか、契約上の地位を譲り受けた者(特定承継人)も含む。

錯誤、詐欺または強迫を理由とする場合の取消権者は、①瑕疵ある意思表示をした者、その②代理人、③承継人である(同条2項)。

取消しの方法・効果

取消しは、法律行為の相手方に対する意思表示によって行い(123条)、何らの方式を必要としない。相手方に対して取消しの意思表示をせずに、第三者に対して直接に取消しの効果を主張することはできない。

行為能力の制限および強迫を理由とする取消しは、すべての第三者に対して主張することができる(第三者保護の規定が存在しない)。これに対して、錯誤および詐欺を理由とする取消しは、善意・無過失の第三者に対抗することができない(95条4項・96条3項)。

取り消すことができる法律行為は、取り消すまでは有効であるが、取り消されると初めから無効であったものとみなされる(121条)。これを遡及的無効という。

その結果、法律効果として発生した権利・義務がさかのぼって消滅し、すでにその履行として給付を受けた者は原状回復の義務を負う(121条の2)。

取り消すことができる行為の追認

追認は、取り消すことができる法律行為を確定的に有効とする意思表示である。

追認は、取消権の放棄を意味する。したがって、取消権を有する者(120条に規定する者)だけがすることができ、取消権者が追認した後は取り消すことができない(122条)。

追認の方法は、取消しと同様に、相手方に対する意思表示によって行う(123条)。

追認の要件

追認が有効であるための要件は、①取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、②取消権を有することを知った後になされることである(124条1項)。これらの要件を欠く追認は、無効となる。

取消しの原因となっていた状況の消滅

追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅した後にしなければならない。取消原因が存在する間は、依然、取消権によって保護する必要があるからである。

* 制限行為能力者が行為能力者になった時以後。錯誤に陥り、または、詐欺・強迫を受けた者はその状況を脱した時以後。

追認をする者が、法定代理人、保佐人、補助人、または、これらの者の同意を得た制限行為能力者(成年被後見人を除く)である場合には、取消しの原因となっていた状況が消滅していなくても追認は有効である(同条2項)。保護者によって制限行為能力者の保護が図られているからである。

取消権を有することの認識

追認は取消権の放棄であるから、取消権を有すること、すなわち、行為を取り消すことができることを知ってなされることが必要である。

法定追認

取り消すことができる法律行為について社会一般に追認と認められる事実があったとき、追認があったものとみなされる。これを法定追認という。

黙示の追認があったとすることもできるが、取引の安全を図るために、取消権者の意思や認識にかかわりなく、一定の事実の発生によって追認を擬制することとした。

法定追認の要件

法定追認の要件は、①追認をすることができる時以後に、②125条各号に掲げる事実が発生することである(同条柱書本文)。ただし、③取消権者が異議をとどめたときは、追認が擬制されない(同条柱書ただし書)。

  1. 追認をすることができる状態であること
  2. 取り消すことができる行為について125条各号所定の事実*が発生すること
  3. 取消権者が異議をとどめなかったこと

* ①全部または一部の履行(1号)、②履行の請求(2号)、③更改(3号)、④担保の供与(4号)、⑤取り消すことができる行為によって取得した権利の全部または一部の譲渡(5号)、⑥強制執行(6号)。①は、相手方の履行の受領を含む(大判昭8.4.28)。④も同様である。

取消権者が追認の意思を有していたかどうか、取り消すことができることを知っていたかどうかを問わない(大判大12.6.11)。

単独で契約をした未成年者が、成人して行為能力者となった後に相手方の債務の履行を受領した場合、その契約を追認したものとみなされる。

取消権の期間制限

取消権は、追認をすることができる時*から5年間行為の時から20年間それを行使しなかったときに消滅する(126条)⁑。法律関係の早期安定をはかるために、取消権の行使期間を制限する趣旨である。

* 「追認をすることができる時」は、取消権者ごとに異なる。たとえば、制限行為能力者の場合は行為能力者になった時(124条1項参照)であるが、その法定代理人・同意権者の場合は制限行為能力者の取り消しうる行為を知った時である。法定代理人・同意権者の取消権が消滅すれば、制限行為能力者の取消権も消滅する。
⁑ 短期と長期の期間のいずれかが早く経過した時点で取消権が消滅する。

126条は「取消権は…時効によって消滅する」と規定しており、判例も期間制限の性質を消滅時効と解している。

これに対して、学説は、除斥期間と解する。取消権は形成権であって、権利者の一方的な意思表示によって実現することができる以上、時効の更新を観念することができないからである。

民法126条の期間制限の対象

取消権を行使すると、その効果として原状回復請求権が発生する場合がある。その場合に126条の期間制限の対象は取消権だけか、それとも、原状回復請求権にも及ぶのかという問題がある。

1. まず、形成権とその行使の結果生じる請求権とがそれぞれ別々の期間制限に服すると考える説がある(二段階構成説)*。

この説は、126条の期間制限は取消権自体の行使期間を定めたものであって、取消しによって発生した原状回復請求権については、取消権とは別個に一般の消滅時効(166条1項)に服すると解する。

* 判例は、契約解除による原状回復請求権(545条)について、その発生の時(解除の時)から一般の消滅時効にかかるとする(大判大7.4.13)。これは、二段階構成を前提とする。

2. 形成権の期間制限は、その期間内に形成権を行使し、かつその結果発生する請求権も行使しなければならない趣旨であると考える説もある(一段階構成説)。

この説によると、126条の期間制限は、単に取消権の行使だけでなく、それに続く原状回復請求権の行使にまで及ぶ。

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