時効とは何か
時効とは、ある事実状態が長期間継続した場合に、真実の権利関係と合致するかどうかにかかわらず、その事実状態を正当な権利関係として認める制度をいう。
時効には、取得時効と消滅時効の2種類がある。
取得時効
取得時効とは、権利者であるかのような状態が一定期間継続した場合に、その者の権利の取得を認めるものをいう。
何ら権限のない者が他人の土地をその所有者であるかのように平穏・公然と占有*し続けると、その者はその土地の所有権を取得することができる(162条)。
* 物を事実的に支配すること。
消滅時効
消滅時効とは、権利が行使されない状態が一定期間継続した場合に、その権利の消滅が認められるものをいう。
金銭を貸し付けた者がその返済を一度も請求せずに一定の年月が経過すると、金銭を借りた者は貸金債権の消滅を主張することができる(166条1項)。
時効の種類 | 時効の基礎となる事実 | 時効の効果 |
---|---|---|
取得時効 | 権利者としての事実状態 | 権利の取得 |
消滅時効 | 権利不行使の事実状態 | 権利の消滅 |
時効制度の存在理由
時効制度は、本来であれば権利のない者にも権利を認め、また、義務のある者が義務を免れることができるようにするもので、まるで不道徳な制度であるように思える。なぜこのような制度が存在するのか、時効制度の存在理由が問題となる。
時効制度が存在する理由として、ふつう次の三つが挙げられる。
- 法律関係の安定(社会秩序の維持)
- 証明困難の救済
- 権利の上に眠る者は保護に値しない
① 法律関係の安定(社会秩序の維持)
長期間継続した事実状態の上にはさまざまな法律関係が築かれていて、それらがくつがえされると社会生活が混乱してしまう。社会秩序を維持するためには、永続した事実状態を法律上も尊重して正当な権利関係として認めるべきである。
② 証明困難の救済
長期間継続した事実状態は真実の権利関係と合致している可能性が高いが、その反面、長い年月の間に証拠が散逸することによって権利関係を証明することが困難になることもある。
そこで、権利関係を証明することができない者(真の権利者や既弁済者)を救済するために、時効による権利の取得・消滅を認める必要が生じてくる。
③ 権利の上に眠る者は保護に値しない
長期間にわたり権利の行使を怠った者は、法の保護を受けられなくすべきであるという考えである。
時効の援用
時効は一定期間の経過によって完成するが、裁判所はそれだけでは時効によって裁判をすることができない。
時効が完成した(時効期間が満了した)という事実に加えて、当事者が時効の利益を受ける意思を表明することが必要であり、これを時効の援用という(145条)。
これは、時効の利益を受けることが当事者の良心に反する場合もあるので、時効の利益を受けるかどうかを当事者の自由な判断に委ねる趣旨である。
時効を援用するか否かは各当事者の自由であるから、その効果は援用した者についてのみ生じ、援用しない他の者には影響が及ばない(援用の効果の相対性)。
時効制度の捉え方と絡んで、援用の法的性質は何かについて議論がある。
1. まず、時効制度を権利の取得・喪失という実体法的な効果を発生させる原因の一つであると捉える立場(実体法説)からは、確定効果説と不確定効果説が主張されている。
(1) 確定効果説(攻撃防御方法説)は、時効の完成によって時効の効果(権利の得喪)が確定的に生じ、援用は弁論主義*の要請にもとづく訴訟上の攻撃防御方法の提出にすぎないと主張する説である。
* 当事者が主張した事実だけを裁判の基礎にしなければならないという原則。
(2) 不確定効果説は、時効が完成しただけでは時効の効果は確定せず、援用の有無によってはじめて確定すると主張する説である。これはさらに、解除条件説と停止条件説とに分かれる。
解除条件説は援用しないことを時効の効果を消滅させる条件と考える説であり、停止条件説は援用することを時効の効果を発生させる条件と考える説である。停止条件説が現在の判例(最判昭61.3.17)・通説である。
2. 以上に対して、時効を訴訟法上の制度として捉える立場(訴訟法説)からは、援用は時効という法定証拠を提出する行為であると主張される(法定証拠説)。しかし、現行民法の解釈としてこの説を採用することは難しい。
援用権者の範囲
時効を援用することができる者(援用権者)の範囲は、時効によって直接に利益を受ける者(およびその承継人)に限定される(大判明43.1.25)*。
* 民法145条かっこ書の「正当な利益を有する者」は、判例のいう「直接利益を受ける者」の内容をより適切に表現したものである。
債権の消滅時効の場合は債務者(連帯債務者)が、所有権の取得時効の場合は目的物の占有者が援用権者になる。そのほかにどのような者が援用権者となりうるかが、とくに消滅時効について問題となる。
この点について民法145条は、保証人(連帯保証人を含む)、物上保証人*、第三取得者⁑を消滅時効の援用権者の例として列挙している⁂。
* 自己所有の不動産に他人の債務のための抵当権を設定した者。
⁑ 担保権が設定された不動産を取得した者。
⁂ これらの者は、条文に明記される以前に、主たる債務や被担保債権の消滅時効の援用権者として判例によって認められていた。
判例は、仮登記担保権に劣後する抵当権者が予約完結権の消滅時効を援用すること(最判平2.6.5)や、詐害行為の受益者が債権の消滅時効を援用すること(最判平10.6.22)を肯定する。しかし、後順位抵当権者が先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することを否定している(最判平11.10.21)。
- 債務者(連帯債務者)
- 保証人
- 物上保証人
- 第三取得者
- 仮登記担保権に劣後する抵当権者
- 詐害行為の受益者
- 占有者
なお、援用権者が時効を援用したという事実は、援用権者以外の者であっても主張することができる。
時効の利益の放棄
時効の完成によって得られる利益(権利の取得や義務の消滅)は、当事者(援用権者)が一方的な意思表示によってこれを放棄することができる。時効の援用と同じく、時効の利益を受けるかどうかについて当事者の意思を尊重する趣旨である。
ただし、時効の利益の放棄が認められるのは時効完成後にかぎられており、時効完成前の放棄は無効とされている(146条「時効の利益は、あらかじめ放棄することができない」)。時効完成前の放棄を認めると、債権者が債務者の窮迫状態に乗じて強制的に放棄を約束させるおそれがあるからである。
時効の利益の放棄は、特別の方式を必要とせず、債務の弁済や承認などの黙示の意思表示であってもよい。
時効の利益の放棄をした後は、その時効を援用することができなくなる。もっとも、放棄の効果も援用の効果と同じように相対効であって、放棄をしなかった者には影響が及ばない。
放棄の意思表示が有効であるためには、放棄をする者が時効完成を知った上でそれをする必要があると解されている。時効の完成によって時効利益を享受しうることを知っている状態でなければ、その放棄の意思表示があるとは言えないからである。
したがって、債務者が債務の承認や一部弁済といった債権の存在を前提とする行為(自認行為という)をしても、債権の消滅時効の完成を知らないかぎり、その行為は放棄として認められない。
それでは、時効完成の事実を知らずに債務の承認をした債務者が、その後に消滅時効の援用をすることは許されるであろうか。債務者が矛盾した主張をすることや、債権者に生じた信頼を保護すべきことを考えれば、援用を許すことは適当でない。
判例も、信義則を根拠に、時効の援用をすることは許されないとしている(最大判昭和41.4.20)。
時効の遡及効
時効の効果は、取得時効の場合は権利の取得であり(162条・163条)、消滅時効の場合は権利の消滅である(166条)。
これらの時効の効果は、時効期間の起算日にまでさかのぼって発生する(144条)*。
* 債権の相殺についての例外がある(508条)。
これによって、たとえば土地の所有権を時効取得した者は、その占有を開始した時から所有者であったことになる。また、時効消滅した債権の債務者は、時効期間中に発生した利息や遅延損害金を支払う義務をも免れることになる。
コメント
わかりやすい解説ありがとうございます。